岩波徹の視点
英国滞在記③
200Vの世界
初めて欧州というより世界最大の工作機械展EMOを取材したのは 1995 年のミラノだった。そのとき旧知のエンジニアと会場を回ったが、彼は日本の製品が小型化路線を進んでいることを指摘しながら「日本は 100 V(家庭用)と 200 V(産業用)で欧州は 200 Vと 400 Vだから、小型化するには限界がある」と教えてくれた。電圧が高い、ということは電気の力が強いということだ。電気産業は、産業革命に遅れること約一世紀に米国から始まった。今回の滞在で、この 200 V(実際には 240 V)の世界で 40 日間の生活を経験した。
英国の標準電圧は 240 Vで、EUは 230 Vだといわれる。産業用は約2倍で、その差は電気製品の挙動に影響が出ているように思っている。例えば家庭にある冷蔵庫だ。冷凍室の冷え方がパワフルで、取り出してテーブルに置くまでに指先から冷気が全身を駆け巡るような怖さを感じる。生活の中で“電気”がパワフルに活用されていると思う。そのためなのかスイッチが頑丈にできている。我が家の電灯のスイッチなどは、軽くパチリとON/OFFができるが、こちらでは“バチッ”と力が必要だ。このことから連想したのが初代のクルマ『SAAB 99EM』だ。日本に 100 台とない希少なクルマで、家族は“サブちゃん”と呼んでいた。実際はクルマ好きの義兄が、職場の愛好家たちとつくったグループの後輩の奥さんが愛用していたものを譲り受けたものだ。その奥さんは著名な企業の社長令嬢とかでクルマも趣味だったが、そのクルマは前輪駆動なのにパワーステがなくて、スウェーデン製なのでクーラーもない。漁師町がベースでできている湘南の細い道路を重いハンドルを操作することに悲鳴を上げた、という流れだった。さてサブちゃんが我が家に来るとクーペタイプなのでこじんまりとしているのに中に入るととても広い。そしてクラッチが重く、踏み込むのに力がいる。戻るときのバネも強力だ。大柄な体格に合わせてクラッチの奥行きも深く、若いころに痛めた膝のダメージがぶり返してきた。思えばあれが欧米の“強靭文化”との遭遇だった。
「紙と木の日本文化」に対して「石と金属の文化」の中で暮らしていると自ずと体格は大柄になる。五輪で勝ち上がるためには運動能力の前提として、体格・体位が上回らないとだめだろう。技で目先をかわせる球技なら勝ち目はあっても、むき出しの体力を競う陸上競技は苦戦する。しかし希望はある。司馬遼太郎の講演のなかで、いまでは大柄なオランダ人は、大航海時代以前は大きくはなかった。世界の海に乗り出し、帆船を操っているうちに今日のオランダ人ができたといっていた。
そのサブちゃんのドアが重く、グァシャと音がする。日本車とは全く異なるのだが、それは英国で重い扉に手こずっていたときに思いだした。日本車の音が静かなのは、襖の音がピタリと閉じられる日本文化に共通するものだ。“強靭さ”を前面に出している欧米文化と“緻密さ”が売り物の日本文化の差は製造業でも表れている。
切削加工では工具と被削材の関係など多彩で複雑な条件設定が必要だ。米国にあるMetcut社は、そうした条件をデータベース『Cutdata』にまとめている。以前いた情報処理会社が、そのデータベースの販売権を取得したときのことだが、米国から帰国したものが手土産に持ち帰った切りくずが衝撃的だった。お菓子の黒糖カリントウのように、親指くらいの太さと長さで黒々としていた。米国では、素材を高いトルクの主軸と切削性の良い刃物でモリモリと削っていくと説明された。一方の日本では、削り代を少なくするために素材の段階で最終形状に近い姿に成形し切削加工で余分な部分を切り落とす。その際、切削工具は高速回転で切削油を大量に使う“FF加工”が推進されている。同じ切削加工でも、欧米文化と異なるアプローチが“100Vの世界”で展開している。
一方、重たい扉、硬いスイッチが“200 Vの世界”を象徴している。日本で生活していると電圧を意識することは少ないが、一歩国外に出るとその違いを感じる。中国、韓国、台湾などは日本に近いし米国、カナダ、メキシコも120Vだ。欧州とその植民地だったアジアや中近東、アフリカは 200 Vの世界だ。電気文明は 19 世紀の終わりに登場し、蒸気機関に替わるエネルギーとして登場し、各国の文明や文化を支えてきたが、時代の制約により電圧や周波数はばらばらだ。これに大きな変化が表れたのがEU発足時の「CEマーク」問題だった。
1994 年に初めて欧州を取材する機会を得たとき、日本では「CEマークって何だ」と話題になっていた。これは欧州各国が統合されるときに「電気の規格」を統一しようと検討が重ねられた。そんな事情をしらない日本サイドは、騒ぐだけ騒いで誰も動こうとはしなかった。そのとき情報収集力の大切さを教えてくれたのが、デュセルドルフの日独商工会議所の専務理事の宮井純二さんだった。「EU市場が大事なら、ここにきて自分の目で調べなさい」と。結局CEマークは“安全宣言”であり、電気製品を製作した企業が自己責任で表示する、ということに落ち着いた。
キャッシュレス世界
40 日のロンドン生活で、紙幣はもとより硬貨も使わなかった。すべてクレジットカードで済んでしまうが、このなると金銭感覚がなくなってしまう。しかもこの“円安”だ。支払い明細が届くのが恐ろしいが、物価は日本より5割増しと感じていた。
私は「パンよりお米」で生きてきたが、ここでは逆だ。まず小麦料理が美味しいい。またバターなどの乳製品も、日本のものよりはるかに美味しい。英国の評判に「料理がまずい」という定評があるが、それは誤解だ。かつてはそうだったかもしれないが、移民が増えて食生活がバラエティに富んできた。中華料理は当たり前のようにあるが、インド料理、トルコ料理、アラブ料理、タイ料理、イタリア料理などなど。
お米に“こしひかり”“ささにしき”などのブランドがあるように小麦にもあることに気が付いた。少し前に日本でも“高級食パン”がブームだったが、英国では豊富な乳製品との食べ合わせがよく、食べるものに困ることはない。
仄聞した英国社会
滞在したのはMaidehead( メイデンヘッド)という、ロンドン中心街から電車で小1時間の住宅街で、感覚的には神奈川県藤沢市のような街。ロンドンとの中間にSlough(スラウ)という、かなり大きな街があり、それが横浜のような感覚。市の中心街からはElizabeth Line(エリザベス・ライン)という鉄道で結ばれている。まず、この鉄道が曲者だった。
この鉄道システムについては、現地で知り合った日本からの駐在員たちも「仕組みが判らない」と白状した。日本でも東海道線と高崎線・宇都宮線が繋がったり、東急・東横線が、横浜から桜木町に替わりみなとみらい線となって中華街に乗り入れ、東京メトロ・副都心線と繋がり、さらに西武池袋線や東武東上線と繋がり、最近は相鉄線とも繋がった。昔の東横線の線路の上を4社も5社もが乗り入れている。これと同じようなシステムがエリザベス・ラインでも起きている。しかもその複雑さは東急東横線のさらに上を行く。走る電車の車窓から見ていると、ところどころで小さな駅を見かける。線路は複々線で、並走している外側の線路に対応した駅だ。
私の記憶に間違いがなければ先進国の中で英国の鉄道事故が一番多い。このシステムにも原因があるのだろう。下の写真は電車の車内の掲示されている各路線の運行情報だ。正常運航が前提の日本では不要だと思うが、何が起きているか判らない、と懸念されている英国の鉄道は「いまは正常に動いていますよ」と伝え続けないといけないのか。だとしたら困ったものだ。最近、鉄道運航管理に東京メトロが技術提携したようなニュースがあったが、その効果はまだ発揮されていないようだ。今回の英国訪問では、シェフィールド大学内にあるAMRC (The University of Sheffield Advanced Manufacturing Research Centre)への取材を検討していたのだが、到着3日目に出かけたときの帰路で、鉄道が「火事のために止まる」との表示で帰宅できなくなった。ネットで調べてバスを見つけたが、ロンドンからシェフィールドまで鉄道で約4時間かかるという。今回は断念した。

電車内の運行状況表示モニタ
水道事情
欧州の水は硬水といわれる。蛇口から出てきた上水は Brita社の浄水器でろ過しなければならない。しかしその浄水器をとおした水を使った煮沸消毒器を一週間使った消毒器の蒸気発生装置を見ると多くの異物が残っている。
こちらの人は浄水器を通した水は飲用しているようだが、私はこれでは飲めない。また料理に使うことにも抵抗がある。水のきれいな日本に住んでいることの幸せを、こんなところで感じるとは思いもしなかった。
さて滞在中のマンションについて報告する。
写真の左右に見える高い建物がマンション本体で向かい合って建っている。間の空間の下には、駐車場があり、その屋上は屋上庭園となっている。正式な玄関はグランドフロア(G階)にあり、そこには警備官が常駐している。1階(日本では2階)に上がるとコモンスペースがある。リビングルームとジムがある(写真)。リビングには応接セットが6セット、奥にはカウンターがありコーヒーなどが飲める。ジムは、居住者は無料で利用できる。


その上から住民の居住スペースになる。ここで思うのが英国の公共性の考え方だ。リビングもジムも「私はいらない」という人がいるのではないか、その分自分の居住空間を増やしてほしい、と思う人もいるのではないか? しかし公共性概念の高い人が多いと思われる英国では、こうした共有空間を大事にしている。
人々の暮らし
上の写真は土曜日の昼頃のMaidenhead(メイデンヘッド)の町である。人々はのびのびと屈託ない笑顔で買い物を楽しんでいる。男女のカップルの多くは腕を組みあるいは手をつないでいる。根っからの英国人に加えてインド系、アラブ系、アフリカ系、アジア系と目まぐるしいくらいに多様な社会だ。日本料理の店「Miyazaki」もある。日本でも飲んだコトのない『獺祭』をロンドンで飲むことになった。
不思議と多いのが理髪店で、通りを挟んでお互いが見える距離にある。日本では昔、国民の衛生状態を守るために、一定の距離内には出店できない、という保護法があったが、憲法の職業選択の自由が勝っていまはその制限はない。しかしここでの理髪店はトルコ系の人々が多い、というのも不思議な思いをした。いまではすっかりなくなったが公衆浴場(銭湯)も昔は、距離制限があり乱立は避けられていた。そしてなぜか富山県出身者が多いと聞いた。ボイラーが普及する前に、町を回って燃料となる材木の切れ端を集める大変な作業を、雪深い北陸から上京した人々が、辛抱強くやったからだ、と言われていた。ロンドンの理髪店がトルコ系なのは、どんな理由に寄るのか継続調査だ。
しかしこの国には日本では理解できない問題がある。それは「階級社会」というルールだ。日本は“格差社会”と言われ、その上下差は露骨には表れていない。しかし英国では「上流社会」「中流社会」「労働者階級」に分かれており、話し方(アクセント)、着るもの、買い物する店などもはっきり分かれている。上流階級とは大地主で、ロンドン界隈の一等地はメイフェア家、チェルシー家、マリルボーン家、オックスフォード・ストリート家の4貴族の所有物だといわれる。しかし現在の上流階級が庶民の支持を得ているとはいいがたい。とくにダイアナ元妃の事件以来、国民の支持を失っているという。中流階級は、産業革命以来力をつけてきた資本家、医師や弁護士などの専門職が入り、労働階級は産業革命を支えた炭鉱従事者など(農業・漁業従事者はカウントされていない)。例えばスポーツも分かれる。サッカーはそもそも英国では「フットボール」と言われる。上流階級ではフットボールではなくラグビーが好まれる。あとはクリケットやポロだ。郊外の高級住宅街には木立に囲まれたクリケット場があり、住んでいる世界が違う。フットボールはこの国では“宗教”に該当する。下手に、この話題に加わらないほうが良いようだ。
ナイト(貴族)になったデビット・ベッカムは、最近アクセントを上流風に変更中で苦労しているらしい。この国で労働者階級が強いのは、あのザ・ビートルズの功績だという。リバプールの労働者階級から世界の音楽文化を変えた4人組の若者を生み出したことを、彼らが誇りに思っているからだ。英国は、工作機械産業とのかかわりは薄れているが、強大な富の力で得た“余裕”で、世界の中心にいると感じた。町を歩く女性たちもみなサッチャー元首相さんやカミラ夫人のように、すこし怖い顔をしている。豊かな私たちがどうしてギリシアやイタリアやスペインのようなだらしない国の面倒をみないといけないのヨ、とブレグジットも進められた。EUの移民政策との違い、などは英国人の本音をカバーする言い訳だと、いまは信じている。
帰国するとJIMTOFが始まる。製造業大国だと思っている日本人をしり目に、世界中から富と情報をかき集めて、涼しい顔をしている。世界の中心にいる人は、こういう顔をしているのだと思い知らされた。継続してロールス・ロイスのマリーンエンジンについて調べていくので、ご期待ください。