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ー 科学と技術で産業を考える ー

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岩波徹の視点

LCAとDPP~SDGsにむけたEUの経済政策

2024 年 05 月 15 日

 昨年5月の日本工作機械工業会の総会時に配布された資料「2023 年度事業計画」に、「会員企業のカーボンニュートラル(CN)実現に向けた支援」として「工作機械のLCAガイドライン普及に向けた説明会を開催するほか、個別相談に対応する体制整備を進める。」とあった。
 LCAとはライフ・サイクル・アセスメントの略で、20 世紀の終わりごろにEUが言いだしたものだ。それによると、EU圏に工業製品を売り込みたいのなら、その材料確保から製造過程さらに廃棄するまでの間(ライフ・サイクル)に発生するNOx、SOx、CO2などの有害物資の排出量を数値化して、持ち込む際に提出しろ。数値が大き過ぎるものは輸入させない、というもの。この1年で日工会のLCA対応はどこまで進んだのか不明だが、自動車産業では既に当然のこととして取り入れている。具体的には設計段階でデータベースに記載されている点数をカウントしていく。
 しかしドイツではLCAは既に過去のものでさらに進化を遂げていた。それはDPP(デジタル・プロダクト・パスポート)と呼ばれるもので、日本ではそれに対応しようという動きは見えていない。LCAを「日本締め出しの陰謀」と勘繰る動きもあったが、それは欧州の実情を理解していないことからの誤解のようにも思える。
 1990 年代の初頭にEUが「CEマーク」を導入する、と日本国内で話題になったが、それが何を意味するのか、日本では判らなかった。「群盲象を撫でる」という言い方を彷彿させた。たまたま 1994 年 10 月にイタリアとドイツに行くことになったが、工作機械メーカーや工業会の人々から「CEマークの正体を確かめてきて欲しい」とリクエストを受けた。
 デュセルドルフで日本商工会議所の宮井純二事務総長に「CEマークとは何か」を問うと、「EUの下に統合を目指した作業中だ。各国の工業規格がバラバラでその統一作業が難航していて多くのことが未定だ。それを外部に伝えられるわけがないだろう。この市場が大事ならなぜ自らここにきて調べないのか」と叱られた。これは約 30 年前の話だが、いまとなって思うのは、産業革命が誕生した欧州では大小さまざまな国が、ゲルマン民族の大移動の時代から、切磋琢磨して発展して来た。それを2つの世界大戦を経て、統合しようとEUが誕生した。しかし戦いに明け暮れた欧州各国をまとめるのは一朝一夕ではできない。あのとき宮井氏が言った「各国のばらばらな規格をEUのもとで統合するプロセス」はいまも続いているのではないか。LCAは「日本締め出しの陰謀」などと僻んでいると、そんな日本をおいてEU市場はどんどん進んで行ってしまう。
 日本でも吉川弘之東大名誉教授が、材料から製品を製造する「工場」に対比して、完成品である製品を構成部品に戻していく「逆工場」を提唱したり、「リバースエンジニアリング」を提唱したりしてきたが、世界の産業界に与えたインパクトはあまり大きくなかった。吉川先生は、日本の製造業は「社会」を見ないで“良いものを作れば売れる”とシンプルに考えていて、社会の存在を忘れていた、と反省している。一方、EUでは似たようなコンセプトだが「サーキュラーエコノミー」や「サステナビリティ」といった社会全体を含んだ概念から、「大量生産・大量消費・大量廃棄からの脱却」という視点が重要視されてきた。“環境に対する取り組み”が個人・法人を問わず全世界的に活発になっている。それを経済政策として具体化させてきたのがDPP(デジタル・プロダクト・パスポート)という考え方だ。以下に内容を簡単に紹介するが、日本よりかなり進んでいると思わざるを得ない。
 EUでは 2019 年以降、「欧州グリーンディール」と呼ばれる持続可能な経済成長を実現するための政策に力が入れられてきた。この政策では、投資計画や 2050 年までの気候中立の法制化などの目標が設定されており、とくに、廃棄されていた製品や原材料を「資源」としてリサイクルして循環型の経済システムに転換する「サーキュラーエコノミー」については、アメリカに次ぐ世界第二位の経済圏をさらに包括的・持続的なものにしていくという重要な位置づけに置いた(これは吉川先生の提唱した“逆工場”そのままではないか)。
 その政策の一環として 2022 年3月に欧州委員会が発表した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」では、企業へのDPP導入が新たに義務付けられた。DPPはEU(欧州委員会)が推進する経済政策ということになった。
 DPPを日本では“デジタル製品パスポート”と訳されるが、具体的にいうと「製品の持続可能性に関する情報を電子的に記載したもの」の意だ。製造元から原材料、リサイクル性から解体方法に至るまでの詳細な情報を提供し、製品のライフルサイクルを追跡可能にする。製品に記録された情報を読み取ることで「本物なのか」「何からできているのか」「どこで生産されたのか」「リサイクルは可能なのか」などの情報を取得できる。人間個人の属性や海外渡航記録などを記載しているパスポートに例えて「モノのパスポート」と呼ばれるようになりDPPと呼ばれている。記録可能なものであれば、バーコード、QRコードなど多くの媒体が使用可能だ。
 DPPの具体的な取り組みとして 2027 年2月よりEU市場に流通する全ての走行用バッテリー、二輪車用バッテリー、産業用バッテリー(いずれも容量は2kWh以上)にデジタルプロダクトパスポートが義務化されるが、それはバッテリーのバリューチェーンにおける透明性と持続可能性を保証し、環境への負荷を軽減しバッテリーの二次利用を促進する。「EV化を促進する」という流れの中で、寿命が来たバッテリーの取り扱いが利用している私にも判らない。先月4月にドイツ・ハノーバーで開催された《ハノーバメッセ》では、フラウンホーファーIPK(生産システム・デザイン技術研究所)が、技術的な標準化のデザインの実装を担い、会場ではバッテリーパスポートに向けた標準化技術案とすべての種類のデジタル製品パスポートを展示した、という。日本の「EV化促進」は片手落ちのようだ。
 日本では個々の企業の努力で、世界市場に有益な製品を提供してきたが、経済活動が世界市場に拡大していく現代ではDPPなどの説得力のある産業政策を掲げないと地球社会の一員として認められないのではないか、と不安になる。