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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

価格の不思議

2024 年 07 月 17 日

 今回の更新では早稲田大学の浅川名誉教授の講演が重いテーマを投げかけている。それは元来、高機能・高性能な工業製品を誰にでも入手可能なコモディティ化商品にしてしまったことで、価格競争の泥沼にはまり衰退していった日本の姿を振り返ったが、そもそも工業製品の価格はどのようにして決まるのか、を考えた。
 価格の決定には3つのパターンがあると思う。まず需要と供給の関係から決定する場合。毎日卸売市場に行って、商品を競り落としてくる。需要と供給のバランスで価格が決まる、というのは誰でもが納得できるシステムと思う。次に、その製品がもたらす価値を基準に考える場合。この商品を購入すれば貴方はいくら稼げるよ、という考え方だ。これはその前の考え方と土台が違っている。さらに最後は、その商品そのものが持つ希少価値が価格になる宝石のようなものもある。これは「それが欲しい」と思う人が買うものだから、値段を決めるルールはない。
 さて工作機械の価格がどのような力関係で決定するのか、資料を探したが、力不足で見つからなかった。ネット社会の現代なので、価格について調べているサイトもあるが、工作機械で何をするのかが判らないと調べようがない。ときには「家一軒購入できるような価格」と表現される工作機械だが、その価格がどのように決定されるのか、あまり考えられていない。「まぁ、値ごろ感かな」というところだ。
 東京湾・大森の海苔漁師だったB氏は、20 代後半に漁業権を放棄して銀行の警備員をやっていた。あるとき漁師仲間の一人が、六尺旋盤を購入して部品加工を始めたと聞くと、自分も、とM精機の立形MCを購入した。あるとき、加工の終わった部品の塗装に出かけたら、そこに見たこともない部品があった。それはローターディスクとブレードが一体になり、何層にもなった真空ポンプの統合回転翼(ブリスク)だった。「あれは放電加工でゆっくりと削るので加工にひと月かかる」と聞いたB氏は、根っからの負けず嫌いが目を覚まし「俺だったらMCを使い一週間で削り出してやる」と宣言して、MCのテーブル上に回転機能をもったジグを載せて約束を果たした。
 こうした武勇伝を面白く聞いていたが、彼はどうしてMCを買ったのだろうか。既に機械設備を持っている人が、必要に迫られて工作機械を購入するのが、よく見る形で、「一丁、買ってみるか」という人にはめったに会えない。だから“値ごろ感”というのが妥当な答えだと思う。
 そうした高額の工作機械を使って生まれた工業製品がコモディティ化して、人件費の安い国・地域に流れ、そこからダイソーなどの“百円均一店”に商品が並ぶ時代になった。産業というのはそれでいいのだろうか。
 一方でSDGsが地球の体力を考えて、持続可能な開発テーマを考えようとするとき、工作機械の力を引き出して「安く・速く・大量に」ものを作る時代には先が見えてきた。安さにつられて購入するのは愚かだと思っていても、テレビの通信販売では、「いまから 30 分以内なら安いです」、とか「もうひとつつけて同じ値段」とか、臆面もなく一日中売り込んでいる。ものの価格は、作り手が決める大切なメッセージだと考えると、このやり方の愚かさに早く気がついて欲しい。