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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

オスプレイがやってきた

2023 年 11 月 08 日

 私の名刺の住所を見て「いい所にお住まいですね」と言われることがある。藤沢市辻堂はイメージばかりが先行して誤解を招いている。普通に生活していて不満を漏らす人が多いのは東海道線だ。東京から平塚までの九つの駅で、快速電車が停まらないのは辻堂駅だけだと怒る人が多い。しかし逆に考えると辻堂駅は、快速電車を成り立たたせている唯一の駅だ、と考えて誇りを持てば良い、と私は考えている。だが以下に話すことは深刻な問題だ。
 南に2kmも行かないうちに相模湾の海岸にたどり着く。江の島をアクセントに、長く緩やかな海岸線は、風光明媚と言われているが、その上空には目に見えない現代社会の問題が広がっている。我が家の上空は航空機の“銀座通り”なのだ。上空1万メートルを東から西へ、羽田や成田を離陸した旅客機が、東アジアや東南アジア、豪州を目指して次々に飛んでいく。秋になると抜けるような青空を背景に、一匹のシラス魚が飛んでいるようだ。陽が西に傾き、鮮やかな夕焼け空になると、だいぶ西に進んだ旅客機の機体の底が、差し込んでくる赤い夕陽を反射して、キラリと光るときはどんな宝石よりも美しいと思う。
 しかしはるか上空の美しい物語と全く別の無粋な現実が、上空数百メートルくらいで展開している。遠く南海の米軍基地から自宅北の厚木基地へ向けて米軍機が飛来してくるのだ。空飛ぶ航空機から部品が落下する事故が報告されているが、下手すると直撃される位置関係だ。最近は軍用機の配備が変わったのだろう、以前はアフターバーナーを利かせた戦闘機が飛んできた。「墜落だ!」と家から飛び出すほどの衝撃だったが、最近は2発、4発の輸送機が増えて、少しは不安が減少していた。しかし 10 月 30 日の昼頃、聞いたことのないような爆音が聞こえてきた。プロペラ機のような音だが迫って来る速度は飛行機ほど速さを感じない。むしろ、音は大きく太く地面に響かせる強さがあった。「もしかして」と上空を見上げると、確認できたのが厚木に向かう数機の「オスプレイ機」だった。数年前に飛来すると問題になっていた機体だ。
 さてここから北東へ約 70 kmの東京ビッグサイトでは“モビリティ”をテーマにした展示会を開催中だ。それまでの「東京モータショー」は“クルマの展示会”だったが、“モビリティは社会の移動手段”という括り方だ。それまでの出展製品はクルマが中心だったが、この展示会では“空飛ぶタクシー”や“新世代型歩行機”さらには“四足歩行ロボット”など、これまでにない「移動手段」が登場した。エンジニアには新しい挑戦課題が目の前に示されワクワクが止まらないだろう。SF映画に登場する、空飛ぶクルマが列をなして大都市の空を飛び交うシーンをイメージするのだろうか? 日本の航空法では、場所により飛べる高さが細かく決められている。しかもこの国の空は米軍に支配されている。産業界はまた、社会を置き去りにして走り始めている。日本の産業界は、技術が先走りして、ときどき社会を置き去りにしてきた。吉川弘之元東京大学学長が「社会を見ないで突っ走ってきた」と反省の弁を述べていたが、“クルマ”が“モビリティ”に替わる変革期にこそ、産業が社会と向き合う絶好の機会がやってきたのではないか。これが産業界界と社会の関係をリセットする最後のチャンスのように思う。そこには、法規制するだけではなくエンジニアも参加して欲しい。