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ー 科学と技術で産業を考える ー

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“Made in Italy”から学ぶ

2023 年 12 月 27 日

以前、「補助金」に頼るな、と強い言葉で主張されていましたが、いまの産業界には必要です。それがもたらす害悪は判っていますが、いまは仕方がないと思います。そこで引用されていたJETROが切り盛りする海外展でJAPANと明記していないと仰っていましが事実と異なります。私が出展した展示会では「JAPAN」と明記していました。JETROのホームページを見ればわかります。

 ご指摘いただきありがとうございました。
 私の調査不足でした。最近は変化しているようです。私はJETROが発行していた「JETRO Trade Directly」の索引をコンピュータで作る仕事をしたことがあり、JETROには親近感があり詰めが甘くなりました。その本は全部英文の日本の都道府県を紹介する分厚い本で、その自治体にある企業が自社の紹介記事広告を掲載しており、多彩な単語で検索できるコンピュータで作る本でした。JETROには頑張って欲しいです。
 そこでテーマを「Made in JapanとMade in Italyはどっちが強い」です。
 EU統合が進む 1990 年代にEUは日本市場の開放を求めて「Gateway to Japan」プログラムを制定しました。自動車、医療機械、建設機械など7つの分野の参入障壁をなくせ、というもので工作機械も入っていました。外務省や工業会などへの働きかけは強烈で、パワフルなロビストのヘイマンス氏は、JIMTOFでは良い場所を提供しろ、など交渉は強烈でした。
 このときもっとも張り切った国がイタリアだった。「イタリアはこれまで観光で生きてきたが、これからはものづくりで生きていく」と宣言した。イタリア工作機械ロボット自動化機器工業会(UCIMU)が日本市場にアプローチしてきた。窓口になったのは、海外企業からの輸入実績の少ない日本工作機械販売協会だったが、スタート時の勢いはやがて衰え、日本の出先機関であるイタリア貿易振興会(ICE、現イタリア大使館貿易促進部)は、自動車メーカーなど大手製造業に直接アプローチするようになった。しかし、大手メーカーのエンジニアが外国メーカーの設備を単独で購入する決裁権を有していた時代は既に終わっていた。《EMO展》がミラノで開催されるときはもとよりイタリア国内展の《BI-MU展》の時も日本から6,7人の視察団が結成されてミラノを訪問した。視察団が結成されたのは合計6回で、私はそのうちの5回に同行した。日本だけではなく世界 20 数か国から招待客を集め、彼らに2つの要請をした。①彼らの素性を出展者に知らせ、直接話したいと希望する出展者の小間を訪問するように。②会期中にUCIMUのマーケッティング部スタッフとのミーティングに参加すること。トヨタや日産のエンジニアには 10 件以上のリクエストがあり「とても回り切れない」と悲鳴を上げていた。しかし「それは絶対条件ではないから」とゆるい条件だった。私はプレス部門からの招待だったのでオブリゲーションは少なく、会場取材に時間を使えた。これに比べてJIMTOFの取組みが貧弱なように見えるのは仕方ないのか?
 生産財分野のダイナミックなマーケティングに比べると少し大人しいが魅力的な民生部門のイタリア式マーケティングの事例を紹介しよう。
 イタリアの行政改革でイタリア大使館の貿易促進部に吸収されてしまったが、以前はイタリア貿易振興会(ICE:イーチェ)があった。2010 年に東京事務所長に赴任してきたフェデリコ・バルマス氏は、東京のイタリアレストラン協会の会長と二人で、日本のイタリア料理の実力を調べていた。すると「東京のイタリア料理のほうが本場より美味しいのではないか」との思いが募り、添付のような「東京のイタリアンレストランガイド」(非売品、絶版)という本にまとめた。しかもその出版記念イベントとして千代田区九段にある「イタリア文化会館」で、「日伊仏中の料理バトル(?)」のパネルディスカッションまで企画した。日本代表は食通で知られる音楽家の三枝成彰氏、イタリア代表は“ちょい悪”のパンチェッタ・ジローラモ氏、仏代表はレトランのガイドブックを作っているミシェラン日本社長、中国代表はご婦人だった。そこではラビオリはマルコ・ポーロが餃子を持って帰ったからできたとか、中華麺とスパゲティはどちらが先か、だとか楽しい企画だった。この食事に関してはイタリア式マーケティングに脱帽した記憶がある。マーケティングについてはイタリアから学ぶことが多いようだ。
 21 世紀に入ると「地中海式スローフード」という言葉をイタリアが言い出した。ハンバーガーのようなアメリカ式ファストフードは健康によくない。食事は時間をかけてゆっくり楽しくとるものだ、という。おかげさまで随分と美味しい食事にお招きいただいた。その極めつけがホテル・オークラで開催された「スローフード大晩餐会」だ。メインゲストは高円宮ご夫妻。参加者は約 500 名。最大の宴会場“平安の間”にギッシリと並べられた円卓に料理が次々に運ばれてくる。皆おいしく、美しく盛り付けられた料理は少量なので多様な味を楽しめた。私の席はメディア組で、建築や食材などジャンルが様々で話も弾んだ。最後に来日したシェフたちと手伝った日本側のシェフたちがズラリと並び「食事はゆっくり楽しみましょう」と“地中海式スローフード”の哲学が再度アピールされた。
 驚いたのは続きがあったことだ。その後、渋谷の裏庭ともいうべき代官山にイタリア食材の輸入直売所の“EATALY”を開店した。その次は同名のイタリアンレストランを開き、いまでは丸の内、日本橋、原宿、辻堂(湘南店)の4か所に出店している。
 イタリアには産業革命が来なかったので、産業規模は大きくならず家内制手工業が少し大きくなったような産業が多い。そこでマーケティングを担ったのがICE(現・貿易促進部)で、世界市場に向けて巧みな戦略を展開した。著名なブランド「PRADA」が爆発的に売れたのが初訪問の頃だったが、そのキャンペーンのために日本の女性誌の記者を招いて展示会や工場取材を行った。いかがでしょうか。強かでしょう?
 日本は「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われるが、そこに欠けているのは“マーケティング思考”だと思います。2024 年は「作るだけ」ではなく「社会を見る目」を養う年にしようと気持ちを新たにしている。