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ことラボSTI 代表 岩波 徹/「ファナック名誉会長 稲葉 清右衛門 氏お別れの会開催」

2021 年 11 月 11 日

ファナック創業者 名誉会長 稲葉 清右衛門 氏のお別れの会が開催 

 昨年 2020 年 10 月2日に、老衰のため逝去されたファナックの創業者・稲葉 清右衛門 氏のお別れの会が、2021 年 10 月 29 日に都内のホテルで開かれた。開催まで約1年の時間を要したのはコロナ禍に対する自粛のためで、産業界に多大な功績を残した稲葉氏を送るには、無念な思いに駆られるのは私だけではないだろう。
 一年前に亡くなられた時に、多くのメディアが稲葉 清右衛門 氏(以降、私は親しみを込めて清右衛門 氏と記載したい)の追悼記事を掲載していたので、ここでは功績を重ねてあげることは控えたい。替わりに多くの人には、あるいは初耳のことになるかも知れない思い出話をいくつか紹介したいと思う。

 記憶力=清右衛門 氏の記憶力については伝説になっている。社員が 1000 人を超えるまでは、給与は清右衛門氏が直接、社員の名前を呼び手渡ししていたという。数十年ぶりに出会った人にも、その人に関わった話題をすぐに切り出す記憶力を披露して相手を驚かすこともしばしばだった。
 信念=日本電電公社が NTT になった頃、社長だった真藤 恒 氏が打ち出した『高度情報通信システム(INS)構想』が具体的になったときに、ファナック社内でも CNC に通信機能をつけようと若い研究者が研究を始めたが、それを知った清右衛門 氏は「ファナックはサーボモータで社会に貢献する企業だ。そのようなことは富士通に任せておけ」と止めさせたとか。氏の著作である「黄色いロボット」(日本工業新聞社)には「事業の領域を絞り、それに徹することが企業経営の基本だ」と信念を述べている。「頑迷な技術者」から「頑固な経営者」になったと自身を表現しているのが面白い。
 ユーモア=「面白い」と言えば、厳しい人、怖い人というイメージを持たれがちだった清右衛門 氏だが、よく人を笑わせる人でもあった。「いまキンシュしているのです」と言われ思わず「どこかお悪いのですか」と伺うと「いや、謹んで(謹)お酒を頂いているのです。それで謹酒です」と、愉快そうに笑われた。
 感謝=氏は恩人に対する感謝の念を形で表明する。一度、氏の執務室に招かれた。すると部屋に3つの神棚があり、3人の恩人が祭られていた。そしてそれぞれの月命日にはご遺族にお花を送られていると伺った。富士通の課長として大手町に勤めていた氏を、名古屋からトヨタ「パブリカ」を駆使して創業間もないニュースダイジェスト社の創業者・小林 茂 氏が箱根山を越えて取材に訪れていた縁で、氏は終生、小林 氏との付き合いを大切にしていた。小林 茂 氏の告別式に、箱根を朝6時に出発して駆けつけていただいた。その小林 茂が名古屋で2年に一度の秋に《メカトロテックジャパン》を開催しているが、1993 年 10 月の開催時に米国ムーア社が出展しているからと稲葉 氏が完成したばかりの「NANO Machine」で削りだした米粒大の純金製の能面を、ムーア会長に差し上げるからと訪ねて来られた。当時、バブル経済の崩壊で日本工作機械工業会の受注統計は 47 カ月連続で下降線を描いていた。会議室で小林 氏と向き合った清右衛門 氏は「小林さん、今月で下降は終わり来月から上昇しますよ」と、自信満々に話しだし、受注統計はその通りになった。
 マーケティング=清右衛門 氏を語るうえで忘れてはならないのはマーケティング力だ。マーケティングというのは大量生産技術を生み出した米国で「どのように販売促進をするべきか」で生まれた考え方だが、日本では「良いものを作れば自ずと売れる」的な発想があの頃は強かった。しかし氏は別の角度から市場に切り込んだ。1990 年代の前半に「CS24」をキャッチフレーズにして JIMTOF に乗り込んだ。CS とは『Customer Satisfaction(あるいは Service)』の意で、トラブルには 24 時間以内に対応します、と宣言した。多くのライバル企業は、商品の競争力を速度や正確さに求めていた時期だ。ライバルたちが CS の重要性に気がついたときには、ネット利用が普及しており、メンテナンスはネットの利用で迅速になり競争の意味を失った。その間にファナックの信用力は圧倒的に高まり、ライバルたちに差をつけた。マーケティングを重視した清右衛門 氏は盤石な基盤を築き上げた。

 稲葉 清右衛門 氏が FA 業界に残した足跡は数え上げたらきりがない。FA 業界はいま、技術的にも経営的にも地政学的にも、新たな時代に突入した。稲葉 清右衛門 氏が生きていれば、どのような分析をしてどのような方向性を示すのか、知りたいのは私だけではないと思う。