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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

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日本工作機械販売協会 第54通常総会と記念講演会・懇親会開催

2023 年 08 月 09 日

 工作機械を中心とした設備材の流通を担う日本工作機械販売協会(高田研至会長)の第 54 通常総会が6月7日(水)に都内で開催された。総会の詳細は簡単に紹介するが、記念講演会に注目した。軍事アナリスト・小川和久氏による「緊迫するウクライナ・台湾情勢を読む」と題された1時間半に及ぶ講演があった。
 工作機械は軍需にも密接に関係するが、日本では平和憲法のもと“戦争”は一種のタブー扱いになっていた。しかし東アジアの地政学的な変動、昨年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻など、軍事を冷静に語ることが必要な時代になった。講師の小川氏和久氏の“マスコミ情報の不備を補完する”との意気込みもさることながら数字などの客観的なデータに基づき判り易く語られた内容を一部紹介する。
●2023 年度役員体制
 会 長:高田 研至 ㈱井高・代表取締役社長
 副会長:金子 隆視 丸紅テクノシステム㈱・執行役員
  同 :池浦 捷行 ㈱不二・代表取締役会長
  同 :赤澤 正道 赤澤機械㈱・代表取締役社長
 副会長代行:岡本 淳 宮脇機械プラント㈱・代表取締役社長(新任)

●懇親パーティにおける高田研至会長の挨拶

日本工作機械販売協会 高田研至会長

 本日、通常総会にて会長を拝命したことは改めて身の引き締まる思いであります。2年間しっかり会長職をまっとうしてまいります。会員各位のさらなるご協力をお願いします。
 コロナ禍も5類に移行して通常生活が戻りつつあります。ここにきて一気にデジタル化が進み、リアルと融合してハイブリッドな生活、仕事へと変化が進んでいます。
 世界は、米中の覇権争いと貿易摩擦、昨年からの始まったロシアによるウクライナ侵攻、欧米を中心とした民主主義対ロシア・中国などの権威主義連合との対立、インド、ブラジルなどのいわゆる“グローバルサウス”、非同盟中立国の台頭など世界情勢は混とんとして先が読めません。
 経済的にも保護主義の台頭、エネルギー問題、半導体・半導体製造装置などの輸出規制、為替問題、急激なインフレ、深刻な人手不足など今まで以上に不透明感が増している。地球環境問題に取り組むSDGs対応は喫緊の課題です。
 昨年は2年遅れで 50 周年記念式典を開催し、各地区での勉強会、懇親忘年会、工場見学会などの様々な事業に取り組み、またJIMTOF2022での情報量の多さにデジタルによるスピード感の向上を実感しました。SE教育などの教育事業の重要性を再認識して、Webの活用による規模拡大、新カリキュラムの採用、内容の充実を目指したが道半ばです。しかし、多くの会員に協力をいただきありがとうございました。(中略)
 日工販の会長に就任して以来、教育事業の拡充をこの2年間でしっかり進めること、各地区での事業をいままでの 1.5 倍の頻度でぜひ頑張ってやっていただきたい。これについては予算を増額したので、それ以上に使っていただいて結構ですから、各地区での事業の拡充をお願いします。

●記念講演会「緊迫するウクライナ・台湾情勢を読む」 軍事評論家:小川 和久 氏
 ※(記者補足:タイトルはウクライナと台湾情勢とあるが、講演は北朝鮮から始まる。デジタルな情報と思える部分には下線( )を施した。

小川 和久 氏

第1章 北朝鮮について
 北朝鮮は先日、人工衛星の打ち上げに失敗したが、着実に歩みを進めている。「人工衛星打ち上げ」と「弾道ミサイル発射」は両方が目的だ。北朝鮮は軍事力を近代化するステップとして、偵察衛星の打ち上げを考えた。国際機関に通告して、危険水域も設定し、ルール通りにやるという姿勢を見せているが、弾道ミサイルの開発にかかわる技術が使われているため、それを禁じた国連の決議違反となる。
 北朝鮮がなぜ弾道ミサイルと核兵器の開発を進めるのか…。
 北朝鮮は二点豪華主義できている。その一つは、弾道ミサイルと核兵器である。米国東海岸に届くような大陸間弾道ミサイルに核兵器を載せられれば、米国と直接話ができる、と考えている。そうしないと、安心できないというのが北朝鮮の立場。これを「体制保障」という。金正恩体制を潰さないということを米国が保証したら弾道ミサイルと核兵器の開発はやめるというのが金正恩の立場。大陸間弾道ミサイルと核兵器はまだ完成していないが、着実に進んでいる。

まず「弾道ミサイル」について
 北朝鮮はミサイルを去年は 29 回 55 発撃っているが、この大部分は短距離の弾道ミサイルで実戦配備が始まっている。長距離弾道ミサイルも去年は5回撃っており、ロフテッド軌道という高い軌道で打ち上げているが、あれを見ると開発の段階が判る。
 マスコミ的に言うと、高く打ち上げると落ちてくるスピードが速くなるため、ミサイル防御ができない。しかしそれは素人の考え。大陸間弾道ミサイルが米国の東海岸まで到達した場合、音の速さの 25 倍前後で落ちて来る。それも落とせるくらいのミサイル防衛能力はほぼ出来ている。スピードは問題ではない。高い軌道で上げて日本海に落しているのは、再突入するときの先端部分のキャップにあたるものが完成していないからだ。北朝鮮は、それを作ろうと必死になっている。
 大陸間弾道ミサイルは大気圏に再突入するときに先端が 7,000 の高熱に包まれる。それに耐えられるキャップがなければ核弾頭を積んでいても燃えてしまう。普通の国であれば、南太平洋あたりに目標海域を設定し、そこにパラボラアンテナを乗せた船を展開して、電気信号を受信し、どの段階までのどの電気信号が出ていたのかを把握しながら開発を進める。途中でキャップが壊れて電気信号が消えれば、まだ完成には程遠いとわかる。しかし北朝鮮は資金がなく船を持てないから、自国から電気信号を受信できる日本海に落している。これがロフテッド軌道で打ち上げている理由。しかし、まだ最後まで電気信号を確認したことはなく、途中で壊れているのだろう。

次に「核弾頭」について
 核弾頭については7回目の核兵器実験をできる体制だが、中国が首を縦に振ってくれない。中国は米国を見ながら、北朝鮮を利用しなければいけないため、そう簡単には首を縦に振らない。そのあたりから見ても北朝鮮のミサイルと核兵器の開発はまだ足踏み状態と言える。
 北朝鮮はいろいろなミサイルを発射しているが、去年最も多く撃ったのは短距離弾道ミサイルで、地上の発射装置、列車、潜水艦などいろいろな場所から発射できるように準備をしている。これはウクライナにロシアが 1,200 発以上撃ち込んだ「イスカンデル」というミサイルと同じもので、それを北朝鮮で改良した「KN23」である。我々が知っておくべきことは、北朝鮮がKN23を増やしているのに対して、韓国は同じものを全然違うルートから入手し、韓国版イスカンデル「玄武2B」を、2,000 発くらい保有し、圧倒しようとしているというミサイルバランスの現実だ。韓国のほうがすごいことを忘れてはならない。

さらに「特殊部隊」の比較
 北朝鮮の二点豪華主義のもう一点。注目しなければいけないのは、世界で一番大きな規模の特殊部隊である。特殊部隊とは普通の兵隊よりも能力が高い部隊で、韓国のほうは 20 万人規模といっているが、米国の特殊部隊と比べるとレベルは低く、ある程度のレベルにあるのはせいぜい5万人くらいだろう。しかし、その規模の特殊部隊がいることで北朝鮮に手出しすることをためらわせるという抑止力になっている。攻め込めば泥沼にはまるからだ。そういう抑止力を懸命に備えているのが北朝鮮なのである。
 ※(記者補足)この部分は主旨不明。20 万人の特殊部隊は韓国にいるのか北朝鮮のいるのか。
 ここは、知られていない特殊部隊が、抑止力になっている、とだけ理解しておきましょう。

第2章 ウクライナ問題
 ウクライナの話。ウクライナが反転攻勢に出ているのではないかというニュースが出ている。ロシア側は実際に劣勢であるため、ウクライナ南部の大きなダムを破壊した。過去にも一度壊しているので、二度目の今回で完全に破壊したが、ウクライナ側もあの地域からロシア領内に攻め込むことができなくなり、ロシア側も防御ラインを自ら破壊してしまったため、戦車が来たら爆発するように地雷を埋設していたが、その地雷も水で流れ出し、水に浮いて爆発していたり、ロシアはそうとう辛い状況にある。ロシアはなぜこんなことをやるのか。第二次大戦中、旧ソ連のスターリンもやってきたことだが、ナチスのドイツ部隊を防ぐためにあの地域でダムを爆破し、市民 10 万人が死んでいる。国民の生命などを全く考えないのが、彼らの常識だということを我々は知っておかなければならない

極超音速ミサイルは撃ち落とせる
 北朝鮮の話にも関連するが、マスコミは北朝鮮イスカンデル「KN23ミサイル」はスピードが速いため撃ち落としにくいとしている。確かに、この北朝鮮のKN23ミサイルは極超音速ミサイルでスピードが速い。極超音速は音速の5倍以上、マッハ5以上の速さだが、だから撃ち落としにくいという考えは間違っている。イスカンデルは音速の 10 倍、マッハ10 とも言われているし、空気抵抗を利用して変則軌道を飛ぶが、それでも撃墜可能だと証明したのがウクライナの防空体制である。ウクライナは5月6日以降、米国や欧州が供給したミサイル「パトリオット」でこのミサイル7発を落している。最初に落したのは「PAC2」というミサイルで、日本の石垣島や宮古島に展開してものより古い。そのあと6発立て続けに落したものは「PAC3」という日本と同じもの。これによって北朝鮮のKN23という極超音速ミサイルに対して、日本のミサイル防衛がそれなりの有効性を持ちうることが明らかになった。

クレムリンを襲ったドローン
 5月の深夜、ロシアのプーチン大統領が執務しているクレムリン上空にドローンが2機飛来し、爆発したが、クレムリンの上まで入ってきたというのは、ロシアの防空体制は相当酷いということである。ウクライナだけでなくロシアの反政府勢力が飛ばしてきた可能性もある。それだけでなく、各国がロシアをサイバー攻撃しており、防空システムが十分に機能していない可能性もある。
 プーチンに引き立てられたプリゴジンという人物が、ワグネルという民間軍事会社を設立したのが、ロシア軍との間で弾薬供給について行き違いがあり、ロシア内でもプーチン体制の足元が相当揺らぐ格好になっている。(※この講演後の6月下旬、ワグネルが反乱を起こし、短期間で終息した)
 またプーチンは隣国ベラルーシに小型の戦術核兵器を運び込み、この核兵器が搭載可能な短距離弾道ミサイル・イスカンデルを提供すると表明した。
 ウクライナ側は、いつ反転攻勢するかは秘密としているが、もう始まっていると考えて良い。

戦場で使われる戦車の話
 ゼレンスキー大統領が世界各国に支援を求めたのは、陸上戦略でいえば戦車が中心で、特にドイツの「レオパルド2」の提供を求めた。米国の「M1」、英国の「チャレンジャー2」に加えて、ドイツがロシアの戦車より多少マシな「レオパルド1」をたくさん提供したため、300 両以上で反転攻勢に投入できる体制になっている。(※講演後、西側が約束した戦車は 700 両以上で、その 60 %しか届いていないことが明らかになった。)
 これまでは西側諸国はウクライナが強力な兵器を要求しても提供せず、ロシア軍を国境まで追い戻すのがやっとの「寸止め兵器」しか提供しなかった。
 ロシア領内を攻撃してしまうのはまずいという判断からだ。しかしここにきて英国製の射程距離 250 kmの巡航ミサイルなどがウクライナ側で使われるようになってきたため、このへんの制約も変わっていくという感じがある。当初、寸止め兵器しか提供しなかったのは、劣勢になるほどにロシアが核兵器に手をかける危険性が高まるからだ。

核兵器を使用する条件
 3年前の6月2日、プーチンは一通の文書に署名した。下の①から④のうちのひとつでも条件を満たすような場合は、相手が核兵器を使わなくても、ロシアは核兵器で反撃をするという内容だった。
 ①生物化学兵器を使われた場合
 ②核弾頭が積まれているかわからなくても弾道ミサイルを発射された場合
 ③サイバー攻撃をされた場合
 ④プーチンはじめ指導部がやられた場合
 そのときは核兵器で反撃をする、とはっきり書いている。
 このことはプーチンがロシア軍はダメだということを自覚しており、またサイバー攻撃能力も米国と比べる低いことを自覚していると、世界の専門家に受け止められた。米国をはじめとするNATO諸国と戦うことはできないレベルだと自覚していたことになる。しかし、ウクライナ軍くらいなら大丈夫だろうと高をくくって攻め込んで失敗した。
 そういう中で、プーチン暗殺計画が面白おかしくマスコミにでるが、それが出来るのであれば各国は既にやっている。しかしそう簡単にはいかない。それは6月2日にプーチンが署名した文書だけでなく、以前から指導部が暗殺された場合には、半自動的に核兵器を発射し、報復核攻撃を行える「死者の手」と呼ばれるシステムがあるからだ。相手が核兵器を使ったり、大統領が暗殺されたりすると、通信用ロケットが打ち上げられ、極超短波で核兵器の部隊に発射命令が出る。西側もそれを常に意識している。プーチンを排除するには、ロシアの法律に基づいてプーチンを国家反逆罪などの形で拘束してしまうことだが、そのことが核兵器をもっている部隊に直ちに伝えられればよいが、うまくいくかどうかはわからない。

ウクライナ戦争の終わり方
 いま各国が憂慮しているのは、朝鮮戦争型の停戦というパターンだ。朝鮮戦争は休戦になってから 70 年になる。1953 年7月 27 日に停戦になった。ずっと戦争が終わらないまま南北分断が 70 年続いている。ウクライナの場合も、そういった方向にいく可能性がある。いまプーチンが戦争をやめたといっても、ロシア軍が引かない限りウクライナは攻撃する。どういった形になるか注目が集まっている。あるいは中東のイスラエルを各国が強力な武装国家にしてアラブ諸国に対峙させているが、そういった形にウクライナを持っていくという話もある。ウクライナの国民にとっては迷惑千万な話である。

戦車戦にならなかった初期のウクライナ戦争
 そういうウクライナ戦争だが、去年、ロシアがウクライナに攻め込んだ後、最初に首都キーウを狙って失敗した。そのあと、マスコミに出てくる専門家は、次は東側のドンバス地方が戦場になり、地形が平坦なため戦車戦になると論じていた。しかし戦車戦にはならなかった。その謎を解くカギが旧ソ連製の「T72」という戦車だ。ウクライナ、ロシア双方の主力戦車でもある。実際に乗った立場でいうと、これは長所と短所がはっきりした戦車だ。ウクライナは攻め込まれたため、防御陣地を盾にこれを使うことができた。攻め込んだロシア側は弱点を晒しているから簡単に破壊された。お互いに長所短所がわかっているから、平坦な東部に行っても戦車同士が走り回るような戦いにはならなかった。しかし、これからはウクライナ側が攻めなければならない。そうなってくると弱点をさらす「T72」では困るから強力な「レオパルド2」を要求したわけだ。
 メディアが報じていないことだが、なぜロシアは北から攻めたのか。実を言えば戦争が始まる前から、我々や米軍は北から攻めると確信していた。日本だけでなく米国のシンクタンクやマスコミは、東からロシアが攻め込むと地図に書いていた。シンクタンクや普通のメディアは軍事について兵器のカタログデータしか見ていないが、我々や米軍はロジスティックの角度から分析するため、違いが出た。ロシア側はウクライナを 120 個の大隊戦術グループBTGという単位の部隊で攻めたが、このBTGは物資集積場所からだとキーウ 100 キロ圏内。だから北から攻めることになった。

キーウ攻略失敗は“温暖化”?
 キーウ攻略に失敗した原因は気候の問題だ。侵攻した2月 24 日は、普通なら地面が凍っているので戦車も機械化部隊もいろいろなルートから入っていけるが、去年は凍らなかった。第二次世界大戦末期にハリコフ(現ハルキウ)を巡ってナチスドイツの部隊と旧ソ連の部隊が戦ったが、4回に渡って泥の時期に戦闘をやめている。戦車が動けなくなるくらい泥がすごいからである。今回のロシアは、その「泥将軍」に負けた面がある。
 ウクライナの善戦にも秘密がある。2014 年にクリミア半島をロシアに無血併合された。あの段階ではウクライナ軍は 125,000 人いたが、使い物になったのは 5,000 人だけだった。全くダメで米国はびっくりした。それは国としてのウクライナは破綻国家だったからである。政治が混乱した。元々旧ソ連軍の兵器をつくる役割の国でもあったから、それを世界中に売って金儲けしようという犯罪集団みたいな連中が跳梁跋扈する。北朝鮮のミサイル開発には相当ウクライナの技術が入っている。だから軍隊も堕落する。ウクライナを立て直さないとロシアと西側との間の緩衝国家として使えないため、立て直すために米国は特に厳しくウクライナと向き合った。「ちゃんとしないと援助しない。軍隊についても、ミサイルも戦車も戦闘機もやらない。いま持っている兵器を使いこなせるようになれ、組織も人事も叩き直せ」と徹底した。その中で郷土防衛軍のような民兵組織もできた。いまウクライナの国民の半分くらいが戦力化できるようなレベルになっている
 そのようなウクライナ戦争だが、ウクライナ軍は元々ソ連軍なので、ロシア軍の考え方が判っている、というのが善戦の秘密だ。
 ロシア軍は訓練もできていない徴兵された若い兵士ばかりだから、みな死んだり、逃亡したり、降伏したりしているとマスコミは説明している。もちろんそういう面もあるが、ウクライナ側に計画的にやられた面があることは知っておいた方がよい。ロシアの軍隊、旧ソ連の軍隊は、上が命じないと動けない。自分たちで考えて動く訓練を受けていない。それに対して米軍は5,6人の集団でも自分たちで創意工夫動けるような訓練をしている。会社で社長が指示を出さなければ下が動かないならば会社はつぶれる。ロシア軍はそういったところがあるため、ウクライナ側は会社に例えると部課長以上と取締役クラスの指揮官を狙っていった。そのためロシア軍はガタガタになった。そんな中でこれから、朝鮮戦争型の停戦にいたるのか、やらないとは思うがロシアが核兵器に手を掛けるのか予断は許さない。早く終わってウクライナの人たちの苦しみが無くなるように、日本経済にも良い方向が見えてくるようにして欲しいと思っている。

第3章 台湾問題
 台湾統一について、中国の習近平国家主席は、去年 10 月の共産党大会で「武力行使という選択肢は残す」と強調していたが、3月の全人代では「平和統一」という言葉をまた戻してきた。この数年は、この文字を削っていた。それはイメージを良くしようというだけでなく、実際に武力をつかって台湾をとろうとしたら大変なことになることが判っているからである。

武力侵攻のシナリオは描けない
 米軍の提督や自衛隊のOBでも軽々しく中国軍が台湾に上陸するという人がいるが、それは大規模上陸作戦のことを学んでいない人たちだ。台湾を軍事占領するにはノルマンディー上陸作戦に匹敵する 100 万人以上の陸軍を投入しなければならないその兵力を輸送するための 3,000 万~ 5,000 万トンの船腹量を中国は捻出できない。輸送船があったとしても、それを守るための海空軍の能力が十分ではない。ハイテク化されるほどにデータ中継能力などの軍事インフラが備わっていないと戦えないが、その面から中国軍を見ると米軍より 20 年ほど遅れている。そもそも台湾の海岸で上陸できる場所も限られている。それを習近平は自覚している。
 それでも中国軍は、台湾が独立を宣言したりすると国家のメンツの問題があるから国家的に孤立しようとも暴れるという。作戦が失敗するのはわかっていても暴れるという。そうなれば日本にも火の粉が飛ぶ。だから日本の政治家が台湾独立を煽るようなことを言うことはやめて欲しい、と彼らは言っている。それに対しては、火の粉がふりかかるようだったら、こちらは火事にならないように払わなければならないので、日米台できちんと備えればいい。

台湾進攻の次善策
 彼らは上陸作戦ができないから、労せずして台湾が手に入るようハイブリッド戦の方向に動いている。戦わずして勝つというのは、古代中国の戦略の書「孫子」が有名だが、それである。
 台湾に中国よりの世論が生まれてくるように、いろいろな角度から働きかける。そして中国寄りと台湾独立派が拮抗して国内で衝突が起きる。そういう混乱が生まれたら、政治、経済、軍事の中枢をミサイル攻撃する。これを「斬首戦」というが、そういう中で中国寄りの傀儡政権を樹立し、国際社会が手を出せないでいるうちに既成事実化していく。
 できれば、それもやらずに熟柿が落ちるように手に入れたいというのが中国の立場だ。一方、そういうことをやらせないようにするのが日本側の基本である。中国には建国 100 周年の 2049 年までに米国を追い抜くという国家目標がある。それまでに躓いて転ぶわけにはいかない。だからいま中国は、安全運転中である。日本人は軍事に慣れていないから、中国が拳を振り上げると条件反射的に怯む傾向があるが、そういうことに振り回されてはいけない。「正しく恐れ、正しく備えよ」これが安全保障の基本である。台湾有事もそうだが、表面的な報道に振り回されるより、本当はどうだろうか、というところをキチンと見ていく癖をつける必要がある。
 同時に、日本には隣国である中国が脅威にならないような戦略的なかかわりが必要となる。軍事的能力では絶対に追いつかれないように防衛力整備をするし、米国との同盟関係を深めていく。しかし一方では、中国に日本に対する敵意が生まれにくくなるような戦略的なかかわりを持つ。日本との関りなしには中国は生きていけないようなかかわりが増えるほどに敵意は生まれにくくなる。同時に軍事的能力では常に水をあけていれば脅威にならない。そういったことができないと日本は、世界から一人前の国ではないと思われる。
 皆さん方のような方がいらっしゃるから、私は全く心配していない。日本はそれなりにやっていけると考えている。さらに日本の政治が外交、安全保障、危機管理について世界に通用するレベルを目指すことができるように、経済界の立場から後押ししていただきたい。その辺をお願いして私の話を終わります。