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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

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砥粒加工学会 清水大介新会長に聞く

2023 年 07 月 26 日

牧野フライス精機株式会社
取締役社⻑
清水 大介

2000 年 慶応義塾大商学部卒業
2002 年 英国ノッティンガム大学大学院修了
2003 年 日本精工入社
2008 年 牧野フライス精機社長就任
2023 年3月 砥粒加工学会会長に就任


■企業のトップでありながら学会の会長に就任することは大変な決断だと思いますが、どのような経緯で就任されたのですか。

 砥粒加工学会の会長は産業界つまりメーカーと学界の二つのグループから交互に選出されています。前任者が埼玉大学の池野順一先生でしたから、次は産業界から選出される順番でした。
 前回の産業界側の会長は三井精機の向井良平常務取締役でした。諸先輩方が築き上げた学会をしっかり運営していかなければと気を引き締めているところです。
 去年には、前会長の埼玉大学の池野先生と前々会長の三井精機の向井さんから打診がありました。業界の大先輩からの話ですから、嫌も応もありません。「畏まりました」としか言えませんでした。その後も、顧問会議や理事会で諮られたそうです。ですから人事は昨年中には内定していました。

■そのプロセスは、工業会と学会とは違うものですか。

 工業会については、私は日本精密機械工業会(日精工)しか詳しくは知りませんが、そこでは原則として投票です。まず理事会社を選出してその中の互選で会長を選出します。砥粒加工学会のほうは、産・学・産・学のサイクルで選出するのが慣例で、次は産から出す、というのは決定事項でした。その後の人選は、「産」の中から推薦があり顧問などに諮問して、きちっとコメント付きで賛否が問われます。

■工作機械メーカーの経営者としてのご自身に学会から声がかかったということをどのように受け止めていますか。

 全くの晴天の霹靂です。牧野フライス精機が学会の会長になったことはありません。工作機械業界に身を置いてこの5月で丁度15年が経ちました。どっぷりと経営者をやっていますが、文系出身なので技術者ではなく、経営者しかやっていません。そんな私に砥粒加工学会の会長にと、声がかかるなどとは夢にも思っていませんでした。

■砥粒加工学会の事務局を訪問したことがあります。ホームページを拝見しても、活発に活動している印象があります。

 ありがとうございます。事務局スタッフも喜ぶと思います。事務局は、新大久保の百人町にある“昭和レトロ感”満載のビルで、事務所は古いのですが、活発な活動を皆さんに伝えようと、ホームページには力を入れています。特にホームページは頻繁に更新しないと良くないので、挿絵を替えたり、変化をつけたりしています。また、その他砥粒加工情報、例えば基礎講座的なものなどを積極的に掲載していくなど、ホームぺージは充実させる方向で進めようと決めています。

■学会としての活動として「会員数の増加」と「論文数の増加」を就任の挨拶の中で表明されていますが、目標している会員数とか論文数は具体的な目標はあるのですか。

 会員を増やそうとするのは、どこの学会でも同じです。むしろ当然の前提です。現在、関連分野の学会で会員数が右肩上がりのところはないと思います。その中で、砥粒加工学会はかなりましなほうですが、ピークは2007年で、そこからなだらかに減少しています。減少の理由は自然減が中心です。砥粒加工学会では「正会員」は基本的に研究者・技術者です。「学生会員」は学生で、「賛助会員」が企業です。ご質問の趣旨は「正会員を増やすことがミッションか?」ということならNOです。会員増のために個別の“一本釣り”的な発想はありません。
 研究者を対象にした正会員にとり砥粒加工学会が魅力的であるか、という問題に対しては会長になった私としては、受け身でしかないと思っています。なにか即効性のある対策があるか、というと「ない」と考えています。いろいろと考えました。でも「ない」というのが結論です。
 学会として、砥粒加工の重要性を社会に訴える、重要性を理解してもらう、社会の認知度を上げていく、それをハッキリと社会に発信していく。そのことによって、次の世代を担う学生さんに関心を持ってもらう、若い人たちが増えて研究を始めてもらえるように環境を整える。そうすることにより、学者や企業の研究者に育っていくだろう、と長い目で見ています。一人、二人、この先生に入っていただきたい、と力を入れることも必要かも知れませんが、それは焼け石に水です。ですから会員数増強というテーマで即効性があるのは賛助会員、企業会員を増やすことです。賛助会員の人(企業)にもっと参加していただきたい。まだまだ少ないのです。
 周囲から見て魅力的な学会と言われるようになっているか、が大切ですが、受け身でしかできません。何か即効性のある対策があるか、といえばないでしょう。妙案はありません。学会としては砥粒加工の重要性を社会に正しく認識してもらえるように努力するしかありません。それによって砥粒加工に興味を持つ若い学生さんなどに学会に参加してもらう。

■砥粒加工の魅力とはどこにありますか。

 グローバルな競争が進んできて日本の企業が得意としていた「大量に安く作る」というやり方がとっくに終わりました。日本の企業がこれからのグローバル競争を生き抜いていくためには、付加価値を付けていくしかない、即ち最新の情報を能動的に取りに行く、ということをやっていかないといけないと思います。砥粒加工というのは、仕上げとか精度を出す領域で使われます。であるならばなおのこと、いま最先端で何が起きているか、ということを知るべきです。
 基本的に学会というのは、研究者の発表の場であって、議論の場であって、意見交換の場であり、その議論や交流を通じてお互いの考えを深め合う場です。それが中心です。その“場”を提供するのがわれわれ運営サイドの役割です。セミナーを企画したり優秀な論文を表彰したりしてモチベーションを高めていく。学会誌も毎月発行しています。これは“商業誌”ではありません。キチンと査読された論文が掲載されています。みな良質な論文です。
 学会を、最先端の情報をとるツールとしてどんどん使っていただきたい。情報収集するときに学会を利用するのは高い効果が得られます。自社の本業と直接関係しなくとも、パラパラと捲り、アブストラクトだけでも目を通していただくと、何かのときに記憶の奥から蘇ってきます。思い出してくれれば、それだけでも役に立つと思います。

■賛助会員増強の具体的な戦略はありますか。

 砥粒加工学会は、昔から「生産現場に直結した技術情報」の発信を標榜しています。砥粒加工学会に所属している研究者のシーズは、生産現場にあるのです。ですから企業の方にはもっと参加していただいて、いま生産現場で困っていること、悩んでいることを“学”のほうに発信してもらいたい。
 受け皿の一つとして、毎年「学術講演会ABTEC(Abrasive Technology Conference)」を開催しています。除去加工技術およびその関連技術の最先端情報を収集・交換することを目的にしています。今年も8月28日(月)から30日(水)の3日間、鳥取県米子市の「よなごコンベンションセンターBIGSHP(ビッグシップ)」で開催されます(詳しくはホームページ(http://www.bigship.or.jp/)をご覧ください)。そこでも“わが社の技術紹介”の機会を設けています。カタログコーナーや技術交流会や懇親会も設定しています。
 また、先生方にも研究発表など以外で参加するメリットが出るように、産学共同を促進する場にしていこうと思っています。
 いま賛助会員の中心は砥石メーカーや加工機メーカーです。しかし、実際に研削加工している企業にもっと参加してもらいたい。研削加工をしている企業は、砥石メーカーや加工機メーカーよりもはるかに多い。その多くの企業は“学会”と自分とは関係ない、と思っている。敷居が高いと思われているが、そうではない、と伝えたい。そこで経験していることをもっと「学」に発信してもらいたい。そうしたことが触媒となって共同研究が始まることを期待している。「正会員」と「賛助会員」の交流が生まれてWin-Winの関係を築いていきたい。そこから正のスパイラルが生まれることに期待しています。

学術講演会ABTEC2023のコンセプト図

 また「砥粒」加工学会ですが、砥粒だけを対象にしているわけではありません。工具技術、計測技術、加工機械など、統合的に捉えている学会なので、周辺技術や関連領域と繋がると面白い展開になるのではないかと考えている。
 研削技術はサイエンスで解明できない分野がまだ多い。例えば、砥石の面に砥粒がどういう状況で配置されているか、それが尖がっているのか平らなのか、いままで判る術はほとんどなかったのですが、近年の画像処理技術などで、見ることができるようになってきた。それとAI技術などが繋がって分析されるようになりそうです。すると、周辺技術が砥粒加工と関りを持ち始めてくる。そうした分野も巻き込んでいけたらいいなと思っています。それは簡単ではないので、次のステップかもしれないですが…。

■日本の工作機械は現在、世界を席巻している、と言えますが、研削盤に限っては欧米に強いメーカーが存在します。海外勢との関係は活発なのですか。あまり欧米製の砥石は見かけませんが。

 日本市場には多くの砥石メーカーがあります。日本市場に進出して来ないのは、日本には既に多くの砥石メーカーがあるからです。欧州のEMOショーなどに行くと、日本にはないタイプの砥石メーカーがあって、面白いと思っています。
 砥石は「砥粒」「接着剤(バインダー)」「気泡」の3つの要素の総合力で決まります。それをどこまで解明できているか、といわれると最近まで、勘と経験に頼る部分の多い世界だったかもしれません。この3要素は、不確定で、ランダムで、アナログ的要素で完全にはコントロールできません。切削は切削工具の“点”で仕事(切削)しているからコントロールしやすいが、砥石は複数の歯が集まり“面”で仕事しているのでコントロールが難しい。それが画像で見えるようになってきた。画像技術とAIなどの発達で、研削の世界が変わるかもしれない。それがステージを一段上げるトリガーになりうるところにきたのではないかな、と期待している。
 研削加工の世界で欧米が強いのは、伝統や経験がまだ必要な領域が大きいからかもしれません。今年の12月10日(日)から13日(水)まで、 第25回国際先端砥粒加工シンポジウム(ISAAT2023:アイサート)が,台湾の台中市にて開催されます。台湾、中国、英国などから関係者が集まり、相互の情報交換を行います。研削学会の国際交流です。

国際先端砥粒加工シンポジウム(ISAAT2023)のコンセプト図

■内外で大きなイベントがあり事務局は大変ですね。

 事務局はいつも膨大な仕事を抱えているので大変だと思いますし、感謝しかありません。公益社団法人は、公の利益のために存在していますので財務は細かく見ています。入りが増えて、こうした海外のイベントや学会に派遣できる人の数も増やしたい。会員数の減少は、学会の活動に大きく影響してきます。良い学会だと評価されるために頑張ることが「産」から来た自分の役割だと思っています。

■長時間にわたりありがとうございました。