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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

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安藤機械工業 安藤忠明 社長/インタビュー

2023 年 03 月 08 日

安藤機械工業株式会社
取締役社長
安藤 忠明

安藤機械工業株式会社のホームページはこちら

 

 


Q.御社(安藤機械工業)について教えてください。

 創業は 1943 年 1 月です。私の祖父の安藤末松が創業し、私で3代目となります。
 東京都北多摩郡(当時)で、機械の組立・修理業として安藤工業所を設立しました。
 戦時中は陸軍指定工場だったこともあり、終戦とともに一度は閉鎖しましたが、1953 年 には、改めて安藤工業所として復活しました。
 復活した当時も機械の組立・修理が主事業でしたが、1966 年に工作機械の販売を目的と した安藤機械株式会社を設立しました。その後、1971年には安藤工業所と安藤機械が合併し、現在の安藤機械工業となりました。この時2代目として、現在の会長である安藤奉孝が社長に就任しました。
 そして大きなターニングポイントとなったのが、1995 年に行ったジグ研削盤のレトロフィット 1 号機でした。ここから安藤機械の主業務である「レトロフィット」がスタートしたわけです。
 当初は機械修理を表す「オーバーホール」という言葉で括られていて、私たちがもっとも得意とする海外からの高精度輸入工作機械のオーバーホールが主業務でしたが、これらの輸入機の NC 化により付加価値を高めるという「レトロフィット」を始めたところ、これを高く評価していただけるお客様がたくさんいました。従来の汎用機械に NC 装置を取り付ける「レトロフィット」を 2 代目が始めたことがとても大きな転換期となりました。
 そのジグ研削盤は輸入機でした。同型の汎用機を複数所有するお客様から「汎用機1台につき作業者1名が朝から晩までつきっきりで穴研削をしており非常に効率が悪い・・・。しかし同メーカーのNCジグ研削盤が高価で手が出せなかった」そうで、「これを自動化出来たらいいな、安藤さんやってよ!」というのがきっかけでした。そのお客さんの計らいでそのメーカーにゆかりのある輸入商社の社長さんに現地生産工場を案内してもらい、またFANUCさんの協力もあり、「よし、挑戦してみよう!」ということになったと聞いております。約30年前のことですがそのレトロフィット機は今でも稼働しております。
 このチャレンジが、今日の安藤機械工業の基本事業となっていますが、当時は大きな判断だったと思います。

Q.安藤機械工業の考える「レトロフィット」について教えてください 。

 「レトロフィット」と言っても、修理の延長と捉えられているかもしれませんが、それは誤りです。日本ではどちらかと言うと新商品が好まれる傾向がありますが、優れた輸入機械は長年、導入した会社に貢献をし続けており、その期間に工作機械のベッドに使われている鋳物も枯れて、加工精度も安定します。簡単に手放せないくらいの信頼関係があります。これを海外のメーカーに戻して修理やオーバーホールするとなるとかなりの長い時間と費用がかかってしまいます。
 これを国内で、現代の機械に見劣りしないまでの仕様に私たちの技術で進化させる。
 これが私たちの考える「レトロフィット」です。
 また、最近では得意分野に応じて「棲み分け」も進んでいるようです。大型機械、歯車機械、精密加工機といった分類で「オーバーホール」などをしている修理各社に発注されていますが、当社はその中でもかなり信頼をいただいていると思っています。
 次に当社の仕事の進め方ですが、まず「レトロフィット」を行うためには、必ず依頼先の マシンの状態を確認することが重要となります。現物の状態は、機械それぞれの使い方や環境、その用途などによっても異なります。そのため、実機の確認とともに依頼先の要望を徹底的にヒアリングする必要があります。
 この作業を経て、初めて見積りができることになります。特に当社では輸入機を対象にすることが多いのですが、輸入機には図面や資料がないということがよくあります。
 これは常々、会長とも話をしているのですが「物をつくる世界」と「物を直す世界」は違うと考えています。
 私たちは「物を直す世界」での仕事をしているため、新しく機械をつくることではなく、最初の状態に戻していく、または依頼元の要求によっては最初の状態以上までに仕上げていくことが要求されるという、かなり厳しい世界での仕事をしているという緊張感は常にありますね。

Q.具体的な「レトロフィット」の内容についてお伺いしたいと思います。

 そうですね、主に「オーバーホール」「レトロフィットor NCリプレース」「電装の国産化」が当社の主な業務ですが、私のお話している「レトロフィット」は当社のすべての技術を盛り込んだ仕事だと思ってください。
 現在、従業員は 17 名ですが、そのうち 11 名が現場のエンジニアです。このうち 8 名が、 自分ですべての「レトロフィット」の工程を行うことができます。
 当社には、資材課や購買課などはありません。受注した仕事の機械を1人が担当します。 この担当となったエンジニアは、受け持った機械を仕上げるためのすべての工程を担当するため、レトロフィットの方針から部品の発注、また部品がないものについては CAD で図面の作成を行い、手配まで行います。これは「安く」「早く」「良いもの」をお客様に届けるという当社の指針なのですが、同時に担当者に責任感を持たせることで、仕事のモチベーションや完成時の喜びや達成感となります。

技術資産である「キサゲ」の各種パターン

 また、安藤機械の技術として特に重視しているのが「キサゲ」です。
 摩耗している摺動面を再度復活させ、精度を回復するためには、もっとも習得しなければならない技術です。担当エンジニアは、機械が届くと分解・洗浄から始めますが、この時に摺動面の摩耗状態などを確認し、どのように使われてきたかを把握するわけです。ここで修理の最終的な方針や確認を行っていくわけです。
 引き合いをいただき対象となる機械の状態を拝見して、担当している作業者さんにお話を伺い作業段取りを見積もります。初めての機械の場合、十分に下調べした上で出来るか出来ないかの判断があいまいな場合はお断りすることもあります。お預かりして分解後の状況判断によりお客さんと協議の上、仕様・価格の変更をさせていただくこともあります。発注後にその様な対応が難しい、またはシステム上出来ないお客さんの場合はお断りせざるを得ないのがお互い残念であり一番悔しいですね。
 あとは想像以上に、または作業者さんからお聞きしていた以上に状態が悪い・傷みが激しい、また、予定工数オーバーが生じたり、御見積外の部品交換が生じたりするのは、このオーバーホール&レトロフィット事業の泣き所かと思います。多分同業者さんも同じではないでしょうか?
 洗浄を手作業で行うのも、機械の状態をきちんと把握するためでもあります。
 機械の摩耗状態だけでなく、作業部のすり減り具合や塗装の状態などから、その機械の使用されてきた環境を知ることができます。作業している人の使い方の傾向をきちんと把握することで、状態を理解することができます。

エッジ部までキサゲ処理が行われているので テーブルエンドでも 10 円玉が立つ!

 そして摺動面を復活するために「キサゲ」を行います。
 一見、テーブル面などに鱗状の模様のように見えますが、これはエンジニアの長年の経験で習得した技術によってこそ生み出すことのできる、精度を確保するための特別な技術と言えます。
 この技術は、身体で覚えるしかありません。先輩の指導を受け、その技術を見て、その上で自身が修練して習得していく技術です。現場の 8 名は、経験による差こそありますが、全員が「キサゲ」の技術を習得しています。
 ちなみに、入社して最初の 3 年は「キサゲ」の練習を繰り返し行うことが必須ですね。
 これは「キサゲ」を習得するには、そのキサゲの「ひと目」の“深さ”“形”“大きさ”を自在に揃えることが重要です。その技術を習得するための練習であるということです。測定治具のストレートエッジ を使って身体で覚えていくという作業を繰り返し行います。
 余談ですが、人の体温でもストレートエッジには影響が出ますので、材料の特性や加工技術の重要性なども同時に覚えてもらうことになります。

安藤機械工業のマーク

 安藤機械工業のマークは「A」マークをモチーフとしていますが、その中心にスリッドが入ったデザインとなっています。これは「キサゲ」をイメージしてデザインされています。
 私たちにとって、もっとも重視している技術資産が「キサゲ」と言っても過言ではありません。

Q.営業活動について教えてください。

 当社では特に積極的な営業ということはなく、実際に「レトロフィット」を行った機械そのものが営業ツールとなり実績になると考えています。
 機械を復活させる際に、昔のヨーロッパの機械の部品は現在では入手困難なものがたくさんあります。もちろん正規品の部品を使うことを基本としていますが、入手できない部品は自分たちで作る。こういった作業では、時間がかかることもあり、過去には 60 年前の機械を復活させるために最長で 8 カ月かかったものもありました。
 しかし、これをやり遂げると、その反響は大きく、そうした実績は、業界の中では早く伝わります。これが、次の営業に直結していきます。
 「物を直す」という世界は、できて当たり前と捉えられがちです。直せないと信頼をすぐに失ってしまう。だからこそ、私たちは 1 台 1 台に最大限の技術を織り込んで復活させる。 そして、信頼につなげていくというループが生まれてきます。「レトロフィット」や「オーバーホール」にはリピーターが多く、直接相談が持ち込まれることも多くあります。
 このリピーターが多いということが、当社の信頼の証であると考えています。
 一つの例になるかと思いますが、25年前に当社がオーバーホールした機械が、再度持ち込まれるということがありました。こうした、過去に修理・復元した機械が、改めて持ち込まれるということが何度もあります。そうやって継承されている機械を、再度「レトロフィット」することができる。また、その依頼を当社にいただける。これがやはり信頼となっていると実感する瞬間ですね。

Q.社員の方の年齢構成と教育方法について教えてください。

 当社の従業員は、一応各世代の人材がいます。平均年齢は 40 歳以下です。
 これまで、現場のエンジニアで経歴と実力がある年長者が工場長を務めていましたが、 3 年前から技術を継承していくために若い人への教育に力を入れていくということから、工場長に 38 歳の中堅社員を登用しました。年長の人たちには、その工場長の脇を固めてもらうという体制です。若手社員には、若い工場長を中心に技術についての相談などができるようにしたのですが、これは今のところ上手く機能しています。
 当社の特徴としては、現場には中途入社の社員がいないことでしょうか。主に近隣の工業高校の卒業生がほぼ毎年入社していますが、この工業高校の卒業生を採用するというのも一つのポイントです。高校を卒業した若い人は、実は現場の技術などの技能的なことを習得するのに大変向いています。ただしまだ若いので、技術だけではなく「考える力」を養ってもらうことも大切です。そのため年齢の近い先輩が指導するのですが、その先輩の技術や技能だけではなく、考え方や姿勢、さらには礼節などの面でも刺激を受ける事が多いようです。 「あの先輩のようになりたい」と思ってもらえるように、指導する社員も手本となるように行動していくので、双方にとって良い形になっていると思います。
 「キサゲ」についても、教え方は一人一人違います。しかし指導する側も、自分が習得するために苦労してきたことなので、そのポイントとなることを熟知した上で、一人一人の能力や特性に合わせて教え方を工夫したり、習得するまでのスピードなどを考慮しながら進めていっています。

キサゲ作業

工業高校の会社見学会

Q.安藤社長が先代から受け継がれた際に、最も重視していたことはどのようなことですか 。

安藤奉孝会長と安藤忠明社長

 私は基本的な部分では、2代目がまだ会長として在籍してもらっているので、その薫陶や考え方を常に吸収することができるという状態であることは助かっています。
 技術や技能という考え方や、基本的な経営方針については、これまでの継承をきちんとしていこうと考えています。
・得るべきことは「信頼」
・従業員の「健康と安全」第一
・技能伝承
 この3つが基本であることに変わりはありません。
 その上で感じていることは、やはり今回のコロナ禍です。
 現場に行くことができない、実機を確認することができないということがあり、これはかなり困りましたね。これからは、こういったことも常に頭に置きながら考えておくことも重要になると思います。
 同時に、現在の最新技術として、IoT と自動化は考えていく必要があると感じています。
 そのためにはものづくり産業だけではなく、異業種などからも情報を集めていくことが重要になると考えています。
 また、安藤機械工業の資産とも言える「キサゲ」の技術を活かした「レトロフィット」という事業はもちろんですが、もう一つの考えとして「MTHD(マシン・ツール・ホーム・ ドクター)」という、私たちがお客様にとっての「工作機械の医者になる」という独自の考えもあります。「工作機械の医者」として、「機械を直す」から「機械 を治す」という意識でこれからも取り組んでいきたいと考えています。

ありがとうございました。