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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

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DMG森精機が、JR奈良駅前に「奈良商品開発センタ」を竣工~見えてきたDMG森精機の戦略

2022 年 10 月 26 日

 かつての工作機械業界は、機械のベッドにつかう鋳物の歪を取るために工場内の敷地に長い年月にわたり放置して枯らしていたり、購入した新しい機械の慣らし運転に時間をかけたりとゆったりした時間が流れていた。ある重電企業系列の工機メーカーのトップに親会社から着任した新社長が「世界が光速で変化しているのに工作機械業界は音速で動いている」と表現したことがある。しかし近年、光速で進化を続ける工作機械メーカーの活躍が目覚ましい。DMG森精機だ。

(1)奈良商品開発センタ(以下PDC)の竣工と国内体制の再編
 まず同社が8月 29 日に開催した「奈良商品開発センタ メディア向けお披露目会」の話題から。JR奈良駅のホーム中央に立ち京都に向かい右側を見ると、ビルの側壁に長短さまざまな角材が壁面に空に向かって縦にあしらわれ、周囲の建物と異なり異次元の存在感を発揮している。上辺右側に「DMG MORI」のロゴがあり、それが「奈良商品開発センタ」と判る。改札口を出て1分の距離で、文字通り駅に隣接している。建物は著名な建築家でデザイナーの隈研吾氏が監修しただけあって、圧倒的な迫力だ。
 同センタは、DX(デジタルトランスフォーメーション)と先端技術の最大の開発拠点として7月1日に開設された。工作機械や周辺装置、それらに搭載される制御ソフトウェアなどの最先端でイノベーティブな開発実験を行う。また地の利の良さから産学連携を含めた関連する技術者の交流を推進する拠点としても利用される。当然、リクルート戦略上も有効だ。
 この機会に東京の第一本社(東京都江東区潮見グローバルヘッドクォータ)と並んで同センタを第二本社に位置づけ、名古屋にあった名古屋本社を奈良に移管し、今後は販売拠点となる。災害・疫病・サイバー攻撃等へのリスク対応の視点から、いずれかの本社が被災した場合も遅滞なく本社機能を相互にリカバリーし、基幹業務を迅速・適切に遂行できるBCP(事業継続計画)体制を整えるために、東西二本社体制とした。
 また工作機械を始めとした生産機能は伊賀工場に集約し、同センタとは 30 分間隔のシャトルバスで繋げる。それまで小型ターニングセンタおよび同時5軸加工機を生産していた奈良事業所は、生産機能を伊賀事業所に移管した後は、既に稼働していたシステムソリューション工場に加えて全エリアを自動化、システム案件に特化した組立・要素部品の生産に入る。その結果、奈良事業所は工作機械業界では世界最大の工作機械を中心とした自動化ソリューションの組立・調整工場になる予定だ。
 さて話をPDCに話を戻すと、建物はガラス張りを基調とした6階建てで、1階は工作機械、ロボットなどの開発部門、2階は周辺機器や工作機器などの開発部門で3~5階はオフィス、6階はセミナールームとカフェラウンジとレストランになっている。“社員食堂”ではないところがDMG森精機らしい。
 1階エントランスには壁一面に縦縞のストライプが目を引く。地の茶色と対になる白いラインは表面に意匠を施した 920 枚のアルミパネルで、その意匠はDMG森精機のユーザー 62 社が、彫り刻んで提供した。社内には多くの美術品も展示されていて、「工作機械」という言葉の響きが発するイメージが刷新された印象だ。
 6階で目を引いたのは壁面の端から端まで書籍が並べられた書架。背表紙ではなく表紙をこちらに向けてゆったりと並べられている。しかも「機械工学」というような工作機械に直結するような本は少なく、蔵書の守備範囲はデザインや文化人類学、社会科学など広範囲におよびDMG森精機が目指すものに対する取り組みを示唆していた。

(2)森雅彦社長のビジョン
 最近のDMG森精機が発信するリリースには、斬新なイメージが広がるものが多い。急速な技術開発が進む産業界、とくに製造業立国を標榜する日本の工作機械業界は生産額こそ中国の後塵を拝しているが、完成度の高さは世界の先頭集団を形成している。各社からのリリースには新製品・新技術に関するものはもとより経営戦略に関するものも多い。しかし今回、注目したのはDMG森精機の動きの中には趣を異にしているものが含まれていることだ。今年に入ってからだけでも以下のようなものが発表されてきた。これは工作機械の性能や使い勝手には直接には影響しない分野だが、PDC披露目式に参加して、それらの全てが繋がったように感じた。

1月 24 日発表の「若手育成プログラム DMG MORI SAILING ACADEMY 始動」
 ヨットに限らず多くのスポーツの発祥の地は欧米だ。貴族文化から発生したものや産業革命後に豊かになった市民社会から発生したものなどが起源となって近代五輪に繋がっている。ある意味でスポーツは社会の豊かさを象徴している。ヨットの世界も例外ではない。その世界に向けてDMG MORI SAILING TEAMは、2022 年2月より若手研修生4名とともにMini6.50艇での研修プログラムを開始した。森雅彦社長はヨット好きとして知られるがすでに立ち上げているチームを強化する一連のプログラムとして「若手スキッパー、エンジニアの育成」を活動方針に沿って外洋セーリングで活躍できる人材の育成に取り組む。チームはフランスのロリアンに拠点を置き、「Mini Transat 2023」への参加を目指している。現在チームはロリアンにてMini6.50プロトタイプ艇を2艇建造中だ。

2月 28 日にJapan National Orchestra株式会社が奈良県と包括連携協定を締結。
 Japan National Orchestra株式会社(以下JNO)は奈良を拠点に持続的かつ発展的な活動を行い、音楽家自らが活躍の場を創出する場として一般財団法人森記念製造技術研究財団(DMG森精機株式会社の出捐により設立)と株式会社NEXUSの出捐により設立された。また奈良県では音楽祭「ムジークフェストなら」を継続して開催するなど文化活動の振興に力を入れてきた。2月 28 日に荒井正吾・奈良県知事、川島明彦JNO代表取締役会長、反田恭平JNO代表取締役社長が出席して調印式が行われた。反田社長は 2021 年 10 月の第 18 回ショパン国際ピアノコンクールで2位に入賞したあの反田氏である。

 3月4日には、奈良の魅力発信、地域の文化活動活性化に向けた取り組みを推進することを目的に、奈良市と魅力発信パートナー宣言式を行い、仲川げん奈良市長、川島明彦JNO代表取締役が宣言書に調印した。そしてピアニスト反田恭平(代表取締役社長)、ヴァイオリニスト・JNOコンサートマスター岡本誠司、チェリスト水野優也が演奏して式典に花を添えた。
 魅力発信パートナー宣言は、音楽の力で奈良の魅力を国内外に発信する活動を第一弾としている。DMG森精機の創業地である奈良の地域活性化や音楽文化の醸成、人材育成に向けて奈良市と連携していく。

2022 年3月1日に奈良女子大学(国立大学法人)と包括協定を締結した。
 DMG森精機は、これまでも奈良県、三重県、兵庫県と地域振興や技術系教育などで協働する包括締結をし、教育機関への最先端工作機械の貸与やエンジニアによる加工ノウハウや最新技術に関する授業などを実施してきた。その路線が発展して3月1日に結実した。女子大学としては日本で初めて工学部を開設した、国立大学法人奈良女子大学と包括協定を締結したのだ。
 同大学は地域的にもPDCから近く、講師の派遣やマシニングセンタ技術を活用したカリキュラムの策定、PDCでの実習など、工学系の女性育成を支援していく。また工学部総合研究棟(工学系H棟)のネーミングライツを 10 年間取得し、同研究棟を「DMG MORI」棟と命名した。多くの工作機械メーカーが「男女雇用機会均等法」でプレッシャーをかけられているが「採用しようにも女学生が少ない」と嘆いている。ここまで歩み寄る発想が大事なのだと教えられた。

 日本に近代産業が始まり約 150 年が経過した。高精度で高品質、低価格な工業製品で世界の市場を席巻してきたが、なぜかいま停滞感が漂っている。「ことラボSTI」の動画ニュースに登場して下さった吉川弘之先生は「高品質な製品を低価格で作っているのだからそれで良い、と思ってきた」とこれまでの産業の在り方を反省して、もっと社会に、文化的社会にも意識を向けることを示唆している(動画ニュース「日本の製造業に必要なこと」4月1日)。森社長は、PDCの横を走る国道旧 24 号線の沿線に奈良事業所はもとより株式会社マグネスケール、株式会社先コーポレーションなどの関連会社を集約し、それを足掛かりにして旧 24 号線を最先端産業の集積地に育てて行こうと思っている、と披露目会で語っていた。ヨットや教育や地域貢献は、社会の中で生きていく企業の姿勢を示す取り組みだと、受け止めた。これからの展開が楽しみだ。