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キャプテンインダストリーズ 渡辺 敏/【連載#7】「アメリカ市場開拓奮闘記」

2021 年 12 月 22 日

株式会社キャプテンインダストリーズ
取締役相談役
渡辺 敏 (わたなべ はやし)

1932 年 10 月1日生 東京都出身
1960 年 日立精機 入社
1966 年 ギブン インターナショナル入社
1974 年 キャプテンインダストリーズ 創業 代表取締役就任
2021 年 同社取締役相談役就任
1974 年の創業以来、工作機械商品や周辺装置部品などにおいて、世界の一流商品を輸入する工作機械のパイオニア商社。
米国、ヨーロッパ等 世界6カ国で名の知れた工作機械商品・部品メーカーと取引きがあり、国内では抜群の信頼関係を持ち、数千社の取引先がある。


《第 7 回》 工作機械展示会への出展 ~ 1966 年 帰国

 二年に一度のシカゴの工作機械展示会参加も大きな事業の一つであった。
 今の近代的な会場とは異なる古い展示会場は二カ所に分かれており、南シカゴの amphitheater と呼ばれた展示会場は、場所柄もあって古いだけではなく、周囲の環境も安全とは言えないものがあった。

 新参者の日本メーカーは、この会場が割り当てられたのである。
 この展示会の楽しみの一つは、日本の各社の駐在員の皆さんにお目にかかれることであった。ある年の展示会で、日本の機械がなかなか運びこまれず、初日が迫っているのに、皆手がつけられないで、やきもきしていた。遂に、駐在員として最古参の私に皆さんから声がかかり、「渡辺さん、なんとかならないかな?」と相談を受け、私は Teamsters union(トラック運転手の組合)の責任者に掛け合いに行った。しかし、相手は言を左右して、Yes と言わないのである。私はふと一計を案じて、改めて彼と交渉した(内容はここでは伏せておく)。すると、彼は態度を一変し、「よし、わかった。俺にまかせておけ」というのである。そして、それから数時間経たずして、日本機はすべて配置され、我々は安堵の胸をなでおろした。
 作業が終わって、みんなで一杯やろうとシカゴのダウンタウンのレストランに集まった時、私は皆さんから何をやったのかと問い正された。しかし私は唯一言、「おまじないですよ」とのみ言ってごまかした。どうしても真実を告げる気持ちにはなれなかったのである。

 この時の心境は今でも思いだすが、長くなるがあらためて説明してみたい。
 私は昭和7年(1932 年)生まれである。終戦(1945 年)の時は旧制中学校の一年生であった。先輩達は勤労奉仕にほとんどの時間を費やしていた。私達青少年そして全国民は盲目となっており「日本は神の国であり、戦争には絶対負けない。敵が攻めてきても、神風が吹いて敵を追い払ってくれる」と信じていた。
 従って、敗戦の現実は当初なかなか受け入れ難いものがあった。しかし、米軍が進駐してきて否応なしに、敗戦の現実を脳裏に叩き込まれたのである。そして、私は「我々を負かした相手の正体を見たい。国を見てみたい」という強い欲望に駆られていた。それ故、就職にあたって、それが可能な企業に応募し、日立精機はその夢をかなえてくれたのである。

 私には憧憬にも似た強い憧れの念がアメリカにあった。その憧れの根幹には本物の民主主義に対する憧憬があり、アメリカはそのような国であると固く信じていた。駐在をして、現実にアメリカの地を踏み、長期に滞在してアメリカ人も所詮人間であると思える情景にしばしば遭遇したが、私は心底で「彼らは日本人とは違うな」ということも併せて強く感じていた。先に挙げた代理店の社長の「アメリカに留まれ」という発言も、良いものは良い、悪いものは悪いと忖度なしに断じる、典型的なアメリカ人のプラグマティズムの発露でもあった。

 フランス貴族のトクヴィルが、1832 年に9カ月にわたってアメリカを旅行し、「アメリカのデモクラシー」という書物を著している。今やアメリカ民主主義に関する古典となっている書物である。
 その序文で彼は次のように述べている。
 「合衆国に滞在中、注意を惹かれた新奇の事物の中でも、境遇の平等ほど私の目を驚かせたものはなかった」。
 あの「自由博愛平等」を掲げて革命を成し遂げたフランス人の彼が、アメリカの平等に驚嘆したのである。

 私は、基本的にこのことは今も変わらないと思う。確かに人種問題という暗い影を抱えた国ではあるが、基本的にそれを修正しようとする力も保有している。彼が言うように、その力は世論を創り、感情を生み、慣習を導き、それと無関係に生まれたものにもすべて修正を加えるのである。もう一人アメリカの資本主義について深い洞察を示した社会学者がいる。マックス ウエーバー(1864~1920)である。彼はその著書「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で、アメリカ建国の父の一人、ベンジャミン フランクリンの自叙伝の中の 13 の生活信条をあげて、清教徒の生活信条と資本主義の精神を関連関連付けている。

  1. 節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
  2. 沈黙 自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
  3. 規律 物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
  4. 決断 なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
  5. 節約 自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
  6. 勤勉 時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
  7. 誠実 詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然るべし。
  8. 正義 他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
  9. 中庸 極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
  10. 清潔 身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
  11. 平静 小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
  12. 純潔 (詳細略)
  13. 謙譲 イエスおよびソクラテスに見習うべし

 私が展示会でのおまじないのことを口に出さなかったのは、まだ若い駐在員諸兄に、アメリカ人を、誤解させたくないという気持ちが働いたのである。いずれは経験を積んで認識することではあろうが、それは自らの経験で導き出すほうが良いと考えたのである。

 5年に及ぶ私のアメリカ駐在も終わりに近づいていた。
 LA の代理店G 社から声がかかり、同社の日本支店の開設を依頼されたのである。彼らは日本の工作機械の将来性に着目し、本格的に中古機主体のビジネスから日本機の輸入主体の企業に転換することを目指し、日本支店の開設を決断したのである。
 私は悩み、本社の役員にも相談したが、結論的に受けることにした。より広い視野で、日本の工作機械を全米に紹介することに意義を感じ、決断したのであった。
 多くのアメリカの中古販売業者がG 社にならって、中古機から日本製の機械の販売に転換したのは、ご存じのとおりである。
 1966 年私は帰国した。以降の 55 年の人生については、機会があれば触れてみたいと思う。諸般の理由から、日立精機同様、同社も 1974 年工作機械業界から消えることとなった
が、この両社は日本工作機械のアメリカ市場開拓の歴史において、永久に名前を留めるべきであろうと感じている。

 さて、この一文を締めくくるにあたって、今は故人となられた多くの先輩各位の鎮魂歌として次の歌を捧げたいと思う。先輩諸氏は、生前よく自らを称して鍛冶屋と言われていた。これは卑下ではなく、心に秘められた誇りをもってそのように称されていたと思う。

  1. 暫時(しばし)も止まずに槌打つ響
    飛び散る火の花 はしる湯玉
    ふゐごの風さへ息をもつがず
    仕事に精出す村の鍛冶屋
  2. あるじは名高きいつこく老爺(おやじ)
    早起き早寝の病(やまひ)知らず
    鐵(てつ)より堅しと誇れる腕に
    勝りて堅きは彼が心
  3. 刀はうたねど大鎌小鎌
    馬鍬に作鍬(さくぐわ)に鋤よ鉈よ
    平和の打ち物休まずうちて
    日毎に戰ふ懶惰(らんだ)の敵と
  4. 稼ぐにおひつく貧乏なくて
    名物鍛冶屋は日日に繁昌
    あたりに類(るひ)なき仕事のほまれ
    槌うつ響にまして高し

引用:文科省 小学唱歌「村の鍛冶屋」から


株式会社キャプテンインダストリーズ 会社情報
【沿革】
キャプテンインダストリーズの沿革
1974 年 資本金 50 万円、従業員4名で設立 摺動面ベアリング「ターカイトB」の輸入開始
1979 年 厚木営業所・名古屋営業所を開設
1980 年 油・空圧機器用等シールの輸入、販売開始
1982 年 工作機械などの電線、油空圧管等の保護管「キャップフレックス」の製造販売開始
1985 年 キャプテンインダストリーズ台湾支店を設立
1992 年 江戸川区に本社を移転
2002 年 「ローロンスライド」組立開始
2004 年 台湾支店を現地法人 克普典科技股份有限公司に改組
2006 年 本社社屋完成
2012年 堺工場開設 FPMS Fischer Preciseメンテナンスサービスを開始

World-wide Products with Global Support の標語のもと、海外の優れた商品を発掘し日本に輸入するばかりでなく、日本市場に向けた仕上げ・調整さらにメンテナンスも行う輸入商社。また東アジア市場への進出を検討する欧米メーカーの重要なパートナー役を果たしている。

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