岩波徹の視点
英国滞在記~公共性と国民性
個人的な事情で現在、ロンドン郊外の町にいる。40 日間の滞在予定だ。今回の滞在が決まると、あれこれと思い巡らすことも多くこれを整理してお届けする。
法曹を目指していた私にとり英国は重要な国だ。法律の世界は、コンピュータが発達した現代はあまり重要な仕分け方ではなくなったが「英米法」と「大陸法」に大別される。英米法は「判例主義」とも言われ、過去の事件に対する判断(判例)が優先する。一方、大陸法は国家が社会を規定して問題に対する判断を権力側が決めていく。
法律家を目指していたときに大きな影響を受けたのは民法学者・戒能通孝先生だ。「入会権」という一般には聞きなれない権利がある。これは社会の中で伝統的に認められた権利で、ある集落の住民が、入会地で落ち葉や枯れ枝などを 生活のために収穫できる権利だ。これが宮城県小繋村で事件となった。地主が住民を追い出しにかかったのだ。事件は地主側の勝訴に終わったが、住民側の弁護士に立ったのが戒能先生だった。なにしろ講義中に遅刻した学生が教室に堂々と入ってくることに腹を立てて退官してしまったという熱血教授で、訴訟費用を捻出するために、自宅を当時売り出し中の女優・吉永小百合に売ってしまった、という逸話を持つ方だ。
その戒能先生の著作集にある話だが、英国でフランスのような「公安警察」を作ろうとしたときに国民が 猛反対してその案をつぶしたことがある。警察には刑事事件を取り締まる「司法警察」と思想犯を取り締まる「公安警察」がある。フランスは王様をギロチンにかけてしまうような国で、当然、主義主張が激しい歴史をもつ。革命以来、公安警察の力は強く、そのことは英国国民もよく知っていた。だが公安警察が強くなるくらいなら、 夜ごと通りで一人くらい殺されても構わない、と考えたのが英国だ、と。
その英国が産業革命の発祥地だ。石炭と鉄鉱石は取れるが、作物は育たないやせた土地でも、その上に“工場”を作れば土地の生産性は飛躍的に向上する。蒸気機関というエネルギーを活用した繊維工業では材料が足りなくなり大陸から取り寄せ、それでも足りなくてインドから綿花を奪ってきた。作った綿製品を今度はインドに売りつけ、あの国を無茶苦茶に苦しめた。販路開拓でアヘン戦争を起こして中国をイジメ、20 世紀にはいるとアラブ、トルコ、イスラエルに “三枚舌外交”を行い現在も世界を苦しめている。その首謀者のひとりバルフォア外相は悪い奴だと決めつけてきたが、調べてみると日露戦争の時に、日本に救いの手となった日英同盟の締結時の英国の首相だったことが判り思いは複雑だ。墓くらいは見てこようと思ったが、スコットランドまでいかなければならず、今回は断念した。
機械業界に身を置くようになった 1985 年段階で、英国の存在感は大きく低下していた。 しかしここでも不思議なことがあった。英仏共同開発の超音速旅客機「コンコルド」のエンジンを担当したロールス・ロイスのエンジニア、デビット・マクマトリ氏が三次元形状のタービンブレードを測定するために開発したタッチトリガー式のプローブを、育て上げるために独立・創業したレニショーは英国企業だ。部品加工した製品の平面粗さや真円度を証明するプルーフリストを作成するときに使う表面粗さ計や真円度計の世界標準のテーラー・ホブソンも英国企業だ。工芸品と異なり大量生産を担う工業製品は、品質が安定しないと製品としては扱えない。額に汗して作るのは君たちで合否を決めるのは僕たちネ、という住み分けを目指しているようでズルいと思う。
しかし製造技術の実力を思うとき日本人が好きなドイツと比べて考えさせられる事例がある。第二次世界大戦のとき西欧諸国をほぼ手中に収めたナチス・ドイツは、最後は英国だ、と猛烈な空襲をしかけ、それを英国空軍が必死に守った「バトル・オブ・ブリテン」では、ドイツ爆撃機の護衛についてきたメッサーシュミットなどドイツ戦闘機を撃退したのはロースロイス社生産の「マリーンエンジン」を積んだスピットファイアなど英空軍機だった。速度、トルク、航続距離、運動性能などいずれをとっても英国側が優れていた。ドイツ本国から飛んできた爆撃機を護衛するメッサーシュミットは航続距離が短く、爆撃機援護のためにパリ近郊から飛び立ったが、それでもロンドン上空で 20 分しか飛べなかったという。英国の技術力、恐るべし。
AMRC取材
今回の英国滞在で最初に念頭に浮かんだのはAMRCの取材だ。正式名称はシェフィールド大学内にあるThe University of Sheffield Advanced Manufacturing Research Centre (AMRC) で、ボーイング社との共同で設立された。かつて名古屋の展示会で「航空機産業のための生産技術」をテーマにAMRCとボーイング社を呼んでセミナーをやらないか、と米国の出版社に持ち掛けられた。諸般の事情で実現しなかったが、強烈に記憶に残っている。結局2回のチャンスがあったがB737の納期遅れやボーイング側に事情で実現しなかった。理由はそうだったが、開催できないでよかった、と本心では思っている。実は工作機械業界の長老からは「やめて欲しい」と要請があった。理由は、日本の工作機械は、ボーイング社の下請け企業に納品されており、直接ボーング社とのパイプができれば下請け企業が苦しむからだいう。結果オーライだがAMRCは気になる存在になった。しかしシェフィールドは遠く、ロンドンからから片道で4時間はかかるという。初めての英国滞在で、どこまでやれるか目下試行錯誤中。この3日間で英国の鉄道事情への不信感は募っており、蛮行にならないように思案中だ。しかし航空機とロケットは最高の工業製品のひとつだ。かつて某工作機械メーカで来日中の素材メーカが持ち込んだテストカット用の新素材を見せてもらったことがある。何年後に実用化されるか判らないが、新開発の素材特性の調査に来ていた。鉛を金に換えようと“錬金術”に血道をあげた欧州やアラブ世界の、素材に対する造詣の深さは、明治維新で欧米世界からの借り物でスタートした日本とは、半歩以上の差があるのではないか、とやきもきしている。
大英博物館の取材
“英国悪人説”の根拠の一つが大英博物館だ。世界をまたにかけていた“陽の沈まない国”の時代に世界中から奪ってきた貴重な財宝に溢れている。しかも入館料は無料という。しかしことラボSTIとしては財宝よりも、産業革命に関する資料を調べたい。他にも産業革命発祥の国らしさを追跡してみようと準備中だ。
公共性と国民性
昔、挨拶もしないで退室するのを英国では「フランス式退室法」といいフランスでは「英国式退室法」と言っていた。海を挟んで両国はことあるごとに対立していた。私が欧州の町を自分の思うように歩きまわったことがあるのは北イタリアの一部と今回のロンドン郊外だ。幸いこちらで、日本企業の駐在員の何人かと話ができた。まずロンドン西部のこの町(MAIDENHEAD)は、ロンドン市内から 30 分ほどで、周囲には英国の標準的住民たちが暮らしている。雑駁な印象だが、住民の構成は白人6割、アラブ系2割、インド系1割、アフリカ系 0.5 割、アジア系 0.5 割という印象だ。あくまでも印象だがミラノ郊外よりも多民族社会だと感じる。それらの人々が英国に来るのはかつて“ゆりかごから墓場まで”と言われた豊かさが誘因になっているのだろう。3日目に外出先から帰宅するのに早速、英国鉄道事情に直面した。沿線の駅で火災が発生し、駅の表示が一斉に“cancel”に変わった。チャットGPTとグーグルマップでバスルートの帰宅経路を見つけたので、帰宅途中にロンドン郊外の街並みを観察できた。住宅はレンガ造りを基調として白壁と茶色の柱のコントラストが美しく、しかもメインストリート沿いには日産、トヨタ、BMW、ベンツ、ヒュンダイなどの販売店が密集している地域もあった。走るクルマは多種多用で、日本車も検討している。クルマが使うメインストリートとは別の、街中の生活道路は入り組んだ複雑な構成で、まるでピカソが設計したのか、と感じるほどに有機質の構造だ。
古くから開かれた市民生活があり、現代文明が生み出したクルマ文化のための自動車のためのメインストリートが、そうした集落を繋げている。そんな構造だ。
そんな社会に生きる人々は、人生を楽しんでいる。レストランとパブに入ったが、サービスする店員たちの歩くスピードに驚いた。「うちで飲み食いすると元気が出るよ」と無言のうちに伝わってくる。しかし貴族社会が残る身分社会だ。有名な“サッカー”は“フットボール”というのがこちらの正式名称で、しかも上流社会では人気がない。セレブたちが好むのは乗馬にクリケット、ラグビーなどで庶民には手が出ない。フットボールなどは庶民の憂さ晴らしとしか見られていない。それに開き直ったのか時々“フーリガン”などが暴れまわる。日本の商社の海外デビジョンの活躍ぶりを、その会社のホームページに載せるお手伝いをしたことがある。英国の部門長からは「こちらではサッカー(?)は宗教と同じです」という印象的な言葉を聞いた。一度、欧州におけるフットボールの舞台裏を調べると面白いだろう。
昨夜はベルギーで行われていた陸上競技のダイヤモンドリーグの中継をテレビで見た。陸上競技では競技場の中のあちこちでいろいろな競技が次々に行われていて実に目まぐるしい。観客もあちこちを見るのに忙しい。スポーツ観戦などは好きな競技を好きなように見るのが楽しいのではないか?
日本のテレビでスポーツ中継を見ると、首を捻ってしまう。プロ野球の中継で驚いたのは、皆一斉に腕を振り上げ声をあわせて歌を歌い、一糸乱れぬ応援を強要されていることだ。バスケもバレーもそのようだ。応援団長は必要なのか?あれを見るとナチス・ドイツを思いだす。しかし、タテ社会の人間関係に慣らされてきた日本人は、周囲と同じ行動をとらないと不安になるのだろうか。逆に周囲と異なることを実行するには勇気がいる。
私が製造科学技術センター(MSTC)の広報委員の委嘱を受けていたとき、岩本町から虎ノ門の事務所に移った。新事務所には大きな会議室が二つあった。これを有効活用するように、との指示で考えたのが工業会中堅スタッフの交流会だった。当時、バブル経済崩壊の不況期で、工業会の若手から「脱会する会員も出てきた。この調子だと息子を大学にやれるか不安だ」との声を聴いた。経産省から天下った専務理事たちは、横のつながりがあるが、若手スタッフの多くはプロパーだ。そこで上記の交流会を企画した。夕方、三々五々に集うと缶ビールと乾きものをつまみながら「会員の減少をどう食い止めるか」「工業会の活性化をどうするか」などを話し合い、何かの参考になれば、と2回目まで開いた。しかし3回目の準備をしていたときに上から(経産省?)から“待った”が掛かった。邪推だが「労働組合など作られたら困る」と言われたらしい。つまり「上(経産省)だけ見て仕事しろ。余計なことは考えるな」という日本国家の方針が打ち出されたのだ。皆の統一行動を求める国家権力とそれに従うことに快感を覚える国民性。戦時中の大本営発表に疑いを持つことを許さなかった過ちを繰り返しそうな土壌が醸成され始めてきた。
製造業の世界だけを見ていると、高精度な製品を効率よく生産する日本の技術力は高い。こちらで鉄道を利用するときに細かいことに驚く。都心はともかく、郊外では列車のドアとプラットフォームのギャップが大きく、膝の悪い私はモタモタする。すると手を差し伸べてくれる人が、ニコニコしながら手を差し伸べてくれる。ミラノでは「スリに気をつけろ」と何度も言われたことを考えると、豊かな国の国民性を感じる。日本に来た観光客が「電車は正確で公共の場所はごみひとつない」と驚くというが、ゴミとか電車の時間が正確か、よりも見ず知らずのアジア人に笑顔で手を差し伸べる英国に落ち着いた豊かさを感じている。