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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

佇まいとスマートファクトリー

2023 年 02 月 03 日

 「勤め人にとって朝の8時は一日のスタートの大事なときだ。朝からドラマなどやらずに天気予報や交通情報をやって欲しい」と工機メーカーのトップが言っていたが、大田区蒲田を舞台にした女医の物語(「梅ちゃん先生」主演・堀北真希)では隣の町工場が当時開発中の新幹線の部品を作っていた。それを見て「あれじゃ加工はできない」と言われたので笑ってしまった。
 NHKの「連続テレビ小説」(通称“朝ドラ”)ではしばしばものづくりの世界が舞台になる。いまも東大阪の町工場で“転造でねじを作る話”が出てきて楽しく見ている。しかし、少し前に終了した物語が「反省会」と称したツィッターが盛り上がり、国会議員までが参戦するなど異様な状況だった。主人公はコックさんだったが、彼女はそれらしくみえなかった。コックさんと言えば野菜を切ったりフライパンを振ったりするのが定番と思っているのは私が古いからか?
 大田区大森に在住の作家で元旋盤工のK氏から伺った話だ。氏の作品がテレビ番組になったとき、主役の俳優から「旋盤を使ったことがないので教えて欲しい」と要望があった。職場を訪ねてきた俳優を前に、氏は旋盤工としての作業を淡々とこなしていたが、やがて「ちょっとやってみます」と件の俳優に促されて交代した。そして旋盤の前に立った俳優を見て驚いた。そこには紛れもない熟練工が立っていた。その俳優の観察眼、物腰を真似る能力に「俳優はすごいなぁ」と素直に感動したという。俳優と言うのは、別の人の人生を演じるのが仕事だ。演じている人物が本物らしく見えないとしたら、それは俳優の力不足だ。ちなみにその俳優は、故・緒形拳氏だった。
 旋盤の前に立っているときには連続する作業を頭に置きながらも目の前で展開する加工工程に神経を研ぎ澄ませている。同時に次の作業への段取りが頭から離れない。目配り、腰つき、歩き方まで所作のすべてに仕事がにじみ出る。それはコックさんでも同じではないか。
 さていま話題となっている「スマートファクトリー」だが、デジタルデータをもとに業務管理を行う生産現場がそのように呼ばれている。人影の見えない工場で次々に製品が作られていく時代が迫っている。そうした現場で働く者の役を演じることになったら緒形拳はどのように演じるのだろう。仕事からにじみ出てくる働く人の佇まいが、全く異なる社会になるのだろうか。大手自動車メーカーの生産技術に携わってきた友人は、どのような現場になるのか全く想像できない、と漏らす。人間の感覚を置き去りにして生産技術が先走りしていくことは、上滑りの成長しかもたらさないのではないか。情報化技術と製造技術のバランスの良い成長を期待している。