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ことラボ・レポート

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改訂版 「工作機械小史~年表で見る工作機械の名機」刊行される

2024 年 09 月 18 日

「改訂版」にあたり
 前回の更新で『「工作機械小史~年表で見る工作機械の名機」(以下、小史)刊行される』をアップしたさい、日本工業大学・工業技術博物館から補充の資料が届き、本文の一部を訂正した。より内容が正確かつ充実した改訂版をお読みください。なお小史中引用されている小論文(後出)の中には『工作技術博物館ニュース』に掲載されていたものが数点あり出展の明記がないものがあったのに、それを見逃してしまった。工業技術博物館はじめ関係者の皆様にご迷惑をお掛けしたことをお詫びします。(㈱ことづくりラボSTI代表 岩波 徹)

 歴史や地理を学ぶことは大事だ、と言われる割に正しい勉強法というのは確立していない。年代やグラフの丸暗記ばかりで、歴史や地理の勉強が楽しかった、と言い切れる人は少ないと思う。かく言う私も同じだったが、司馬遼太郎の力作『街道をゆく』(全 43 巻)を人に勧められて読んだとき、目からうろこが落ちた思いだった。多くの人が「地理は地理」で学び、「歴史は歴史」で学んできた。しかし『街道をゆく』の中では例えば「戦国時代天正何年、戦に敗れた武将何某が北から南へ馬で逃げてきたが、急な山道で馬は疲れ、途中で豊かな森林に囲まれた○○寺の境内で水を飲んだ」などと語られている。「地理的知識」と「歴史的知識」が融合して、目の前に活き活きと描かれている。
 さて機械産業、特に工作機械の歴史では個別の機械が際立っていて、それらのつながりが判りにくい。手元にある産業年表は文字と数字の羅列で、気持ちをしっかり持たないとその文字列に負けてしまう。進化を前進させたエポックは別のところで語られることが多いが、生産財である工作機械の技術については、多くが守秘義務などを被せられ、公開できない事象も多い。しかも、表向きには関連性がないと思われるのに、ある製品を採用したことが技術的壁を突破した歴史は数え切れないほどある。

 今回紹介する平柳恵作著『工作機械小史~年表で辿る工作機械の名機』(以下、小史)には“さらに工作機械を理解するための副読本”というサブタイトルがついている。これまでの「年表」を見ると、最初から最後まで、歴史的事実が淡々と記載されているものが多い。さらに情報を追加すると、単発の情報の寄せ集めとなり資料としての利用価値が減殺されることもある。

 小史は、日本工業大学 工業技術博物館(以下、工業技術博物館)の 2022 年第 27 回 特別展「工作機械の俯瞰的技術史を探る」で考案され発表された「工作機械歴史年表の俯瞰的表現方法」を基本的構成としている。オリジナルの年表は『大年表』と呼ばれ、のちに『俯瞰的』と呼ばれるようになった。「大年表」では、縦軸は時間軸で横軸は事柄が配置される。その事柄は網羅的で詳細だ。①工作機械と関連技術(世界)、②工作機械と関連技術(日本)、③関連産業(世界)、④関連産業(日本)、⑤社会の出来事が項目として建てられている。ここまで読めば、普通の年表だが、この項目に写真や説明があり、引き出し線で表の空いている部分に、写真や十分な説明が書きこまれている。(工業技術博物館ではこの年表を大パネルにして現在も展示している。さらに各機種(旋盤、フライス盤、研削盤など)に深掘りした俯瞰的歴史年表も同時に発表している)。
「百聞は一見に如かず」で、サンプルを見てみよう。

 著者の平柳恵作氏は、工業技術博物館の特別展スタッフの一人で、工業技術博物館的歴史年表を、この俯瞰的表現方法にしたのは、工作機械の発展には大きな影響因子があり、それらを俯瞰的に見て工作機械の発展をより深く理解できるかを探るのが同特別展の趣旨だった。しかし、パネル形式と書籍形式では収集した資料の掲載には異なる条件があり、手元に置いて繰り返して読むことのできる小史には、多くの情報を追加した。また各社の社史を見ると「我が社が初めて開発した」という文言が書かれているものが多いが、他社を調べると必ずしも正確ではなく、博物館としては客観的に正しい歴史を残す必要があるとの結論になった」と語っている。またその際に「開発年の特定が一番大変だった」と言っている。
 さらに、一つ一つの事柄について出典が明記されていない年表が多いのだが、工業技術博物館では、文献の著者に敬意を表し、そして今後の研究が加速するよう願い、細かい出典も明記することとしたとのことだ。
 平柳氏は、1975 年に日本工業大学を卒業して町工場に就職、旧形式の金属印刷機械(通称:平台)の修理と各種コンベアの設計製作に従事した。機械はほとんどが吋サイズで、定盤は1メートルのストレッジですり合わせてキサゲで仕上げた、という豊富な現場経験の持ち主だ。
 1996 年に大学の卒論で世話になった工業技術博物館の初代館長の鈴木昭氏から誘われて、日本工業大学の教育技術員として転職した。工業技術博物館で歴史的価値のある工作機械の収集・保存し調査・研究することとなった。
 この小史で特筆されるのは、随所に収められている小論文だ。これらには工業技術博物館ニュースで発表されたものや未発表のものも含まれ、出展の判るものはタイトルのあとに明記した。タイトルを見るだけで、読者の興味をそそるだろう。以下にそのタイトルを列記すると、

24 頁 我が国に輸入された最初の工作機械
26 – 27 頁 アメリカ工作機械産業創製期の系譜
31 頁 我が国初の工作機械メーカは中島工場か
57 頁 絵葉書でみる工作機械の5大メーカ
64 – 68 頁 東洋機械・コーハン400形旋盤と池貝・D20形旋盤~戦前最も量産された双璧の名機(工作技術博物館ニュース №42 掲載)
71 – 74 頁 今も現役、戦艦「大和」の砲身を加工した大型旋盤(工業技術博物館ニュース№59 掲載)79 – 84 頁 フライス盤からマシニングセンタへの変遷をたどる~デブリーグ社ジグミルの果たした役割(工業技術博物館ニュース№106 掲載)
89 頁 模倣から技術提携へ
98 – 99 頁 最初のマシニングセンタ

また巻末の「項目3.」には貴重な資料なのでタイトルを紹介する。
3.1 明治末~昭和時代の工作機械価格(円)
3.2 私の使っていた工場現場用語 120
3.3 かつては沢山あった、日本と外国の形削り盤メーカ 140 社
3.4 外国メーカの日本における呼び名

 頁をめくるといたるところに切り貼りがあり、随時修正の手が加えられていることが判る。私もいくつか漏れている情報を提供した。願わくば、小史をコアにして、産業史の公式記録がまとまることを期待したい。