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ことラボ・レポート

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日本乗員組合連絡会議 テクニカルアドバイザー 奥平 隆/【連載#5】「空飛ぶ車」の心配ごと

2024 年 05 月 01 日

日本乗員組合連絡会議
テクニカルアドバイザー
奥平 隆

<経歴>
1972 年(昭和 47 年)航空大学校専攻科卒業
同年、全日本空輸株式会社に入社
その後、YS11、ボーイング737、ボーイング747−200、ボーイング747−400 などに乗務。副操縦士として 15 年の経験ののち 1987 年に機長昇格し 2010 年に 60 歳定年で退職。
就航路線は国内、北米、欧州、香港など。総飛行時間約 12,000 時間。
現在、日本乗員組合連絡会議テクニカルアドバイザーを務める。


<安全性を維持するためのシステムが形成されるか>
 航空機が安全性を維持し運航し続けるためには、 いくつかの重要な要件をシステム的に配置することが求められます。一つ目は、「整備・点検」、二つ目は「運航管理」、三つ目は「パイロットの技能・知識レベルの維持」です。
現在、航空機の安全性を守るために定めた航空法が求めているこの3つの要件は、「空飛ぶ車」にも当然関係してきます。

eHang社ホームページ(https://www.ehang.com/index/)より

 一つ目の「整備・点検」は
 空飛ぶ車が航空機として人様の頭の上を飛ぶのですから、その機械の整備・点検は必須事項となります。この機械は、空を飛ぶという性格上、不具合が起きた時に空中で一旦止まって「整備し直す」ということはできません。地上を走る車よりも格段と厳しい条件が法律上定められるはずです。
 また「部品の安全確保」について、安全性を保つために、同じように厳しい条件が課せられる事になります。一定の時間経過後には交換する動力装置やプロペラなどの重要部品には、特にその信頼性を保証する管理も必要となります。
 国交省のホームページでは『航空機に装備する全ての装備品・部品については、原則として、航空法第 20 条第1項の規定に基づく認定を受けた事業場(認定事業場)が基準適合性の確認をしたものでなければならないこととなりました。』と説明しており、航空機の装備品・部品を製造又は修理・改造をする事業者は、事業場の認定を取得する必要があります。これにもそれなりの経費がかかるでしょう。

航空機エンジン整備作業中の整備士(イメージ)
Becoming an Aircraft Maintenance Technician (AMT) – CAU

 例えば「ヘリ・飛行機売買情報!」(Heli-japan.com 2024 年4月)によれば、ヘリコプター ( 単発、ピストン ):約 80 ~ 120 万円/年(※50 時間点検、耐空検査“車の車検” 100 時間点検含む 通常のクレーム、簡単な整備作業等含む)と説明しています。
 現在、空飛ぶ車の開発には大手の航空会社が参加しているケースもありますので、それなりに厳しい要件を整える準備はしていると思いますが、費用についての予測情報は明らかではありません。

 二つ目の「運航管理」は
 空飛ぶ車が飛行する時の気象情報や、搭載物の確認、運航時の情報提供を担う部門も必要となってきます。空飛ぶ車が仮に「お客様」を乗せて運行する場合、それは航空運送事業として法律上も整えなければならない要件となってきます。大型の航空機であっても、風の強さや気温、雲の高さなどの気象条件は運航前に必ず調べておかなければなりません。お客様の体重や座席位置、荷物の搭載についても、飛行機の重心位置や動力装置の能力との関係で、管理が疎かになれば、事故に結びつくことも起きます。公の事業を営むのであれば、パイロットだけにそうした「条件」について確認を任せるだけでは不十分であり、安全確保のためには従分な知識と経験を持った運航管理者を配置することも求められます。

 そして、三つ目の「パイロットの技能・知識レベルの維持」は
 空飛ぶ車がどのような用途に使われるかによって、求められる安全性のレベルも違ってきますが、例えば「エアータクシー」という有償でお客さんを輸送する用途について考えてみます。これは、航空機を運航する事業になりますので、安全性の規制は高いものが求められます。
例えば、エアータクシーを利用する側から考えれば、空を飛ぶのだから、行きたいところに「真っ直ぐに」飛行してほしいと願うでしょう。しかし、現在の法律規制では、守らなければならない「最低飛行高度」「コンビナートなど墜落時に被害が拡大しやすい場所の回避(あるいは最低飛行高度制限)」「空港周辺の旅客機の進入経路や出発経路との分離」などさまざまな検討が必要になります。条件の許す範囲で経路を作れば、必ずしも「直線」とはなりません。おそらく「コリドー(Corridor)」と呼ばれる空中回廊を設置しその回廊を使っての運航になるでしょう。

<製造・運航を継続する場合の経済性について>
 空飛ぶ車の設計、製造運行までの中で、私が心配していた事柄について大雑把に書いてきました。こうした心配事をクリアした結果、現在計画されている「空飛ぶ車構想」の一部は実現するかもしれませんが、その時までに空飛ぶ車の製造コスト、パイロットライセンスの取得、メンテナンスコスト、運航管理システムの構築などを考えると、利用者が負担する運賃は如何ほどになるのでしょうか。 ほんの一握りの人が、ほんのわずかな期間に利用するだけの、乗り物になるのではないでしょうか。

< 私の疑問に対して、それらをブレイクスルーする程度の技術革新が生まれるか否か>
 先日、テレビのニュースで大阪万博では「パイロットが乗り組まない自動操縦」によって空飛ぶ車の飛行が実現するという報道が流れていました。実際にアナウサーを乗せてデモ機による飛行の様子も(ほんの数メートル浮き上がった状態ですが)紹介されていました。私は、この映像を見ても、これまで紹介した「疑問」について考えは変わっていません。
 私は現役を退き、この 14 年間、後輩からさまざまな現場情報も入手し、知識をリフレッシュし、航空の安全について考えてきました。その中で生まれた「空飛ぶ車に関する疑問」を、率直に書いてきたつもりです。
 しかし、ひょっとしたら、今回まで私が紹介した疑問は、「取り越し苦労」だと言われる時代に突入しているのかもしれません。それならば良いのだけれど・・・雫石全日空機・自衛隊機衝突事故、日航123便事故はじめ「重大航空事故」が何回も起きた時代に生きた操縦士の心配ごとでした。

 以上で、翼を畳んだ操縦士の心配事の紹介を終わります。技術革新の更なる発展を望んでおります。

―完―