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ことラボ・レポート

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日本乗員組合連絡会議 テクニカルアドバイザー 奥平 隆/【連載#3】「空飛ぶ車」の心配ごと

2024 年 03 月 06 日

日本乗員組合連絡会議
テクニカルアドバイザー
奥平 隆

<経歴>
1972 年(昭和 47 年)航空大学校専攻科卒業
同年、全日本空輸株式会社に入社
その後、YS11、ボーイング737、ボーイング747−200、ボーイング747−400 などに乗務。副操縦士として 15 年の経験ののち 1987 年に機長昇格し 2010 年に 60 歳定年で退職。
就航路線は国内、北米、欧州、香港など。総飛行時間約 12,000 時間。
現在、日本乗員組合連絡会議テクニカルアドバイザーを務める。


鳥衝突(バードストライク)

 今回は、気象現象に続き、鳥の衝突という脅威について説明します。
 「ハドソン川の奇跡」という映画をご存知でしょうか。2009 年1月 15 日に発生した航空事故を描いています。鳥衝突(バードストライク)による両エンジン故障によってUSエアウェイズ(1549 便)のエアバス機がハドソン川に不時着をした事故の映画化です。もし、空飛ぶ車があのような大型の渡り鳥に遭遇し、回避できなかった場合にどんな結果が待ち受けているでしょうか。
 複数あるプロペラに大型の鳥が衝突すれば、旅客機のエンジンにあるファンブレードより遥かに小さなプロペラの羽は吹き飛んでしまい、失われた揚力が不釣り合いになって飛行の維持(正常は飛行姿勢を保つ)は出来なくなるでしょう。しかも、ハドソン川の事例のよう滑空(グライディング)して不時着を試みることも出来ないまま「真っ逆さま」という事態に陥るでしょう。何しろプロペラ以外に揚力を生み出す構造が無いのですから。

=航空機への鳥衝突の現状=

 左のグラフは「平成 20 年度 交通事故の状況及び交通安全施策の現況 平成 21 年度 交通安全施策に関する計画(概要)トピック 航空機への鳥衝突(バードストライク)防止に向けた取組」より引用したものです。
 日本においても、年間 1,000 件を超えるバードストライクが発生しており、特に離着陸回数の多い東京国際空港(羽田空港)においては、発生件数の約1割を占めています。
 米国では 1988 年以来、鳥との衝突が原因で破壊された飛行機は 200 件以上におよび、200 人以上が死亡しています。最も大きな事故は、1960 年にEastern Airlines社の飛行機がムクドリの群れに突っ込み、ボストン湾に墜落したもので、乗客 72 人のうち 62 人が死亡したのです。 

=旅客機への鳥衝突はエンジンに甚大な被害=

 ところで、現在旅客機に搭載されているジェットエンジンはこの脅威に対してどのような知見を持って安全性を証明してきたのでしょうか。
 エンジンは高速で回転しており、コンプレッサー・ブレードは大きな鳥に対して頑丈とは言えません。ブレードがひとつでも壊れるとその後流にあるエンジン部品をひどく破壊します。New York Timesの記事によれば、体重 5.4 キログラムの鳥が、時速 240 キロメートルで飛ぶ飛行機に衝突した場合の力は、3メートルの高さから 450 キログラムのものを落とした力に相当するといいます。またエンジンメーカーPratt & Whitney社広報によれば、エンジンのテストでは、鳥の群れを飛行機が通過する場合を模すために、複数の死体を同時に投げ込む試験も行なわれるといいます。
 飛行機は、体重 1.8 キログラムの鳥との衝突には耐えられると保証されていますが、体重がそれを超す鳥も多いのです。この脅威に対して安全性を担保するため[民間用旅客機については、離着陸時のバードストライクによる墜落を防ぐため、装備するジェットエンジン開発の際に4ポンド(1.8 キログラム)の鳥を吸い込ませるテストを行い、吸い込んだ後でも基準を上回る推力が保てることを実証することがほぼ必須となっている]としています。
 鳥衝突に対する訓練ですが、避ける方法はありませんので、特に訓練はありません。着陸前に、管制塔からのアドバイスを受ける場合でも、中・大型の鳥の群れが飛行コースに見えた場合は、ゴーアラウンド(着陸復行)を行い、彼らがそこから去るのを確認して戻ってくるくらいの判断しかできません。空港によっては、ハンターを雇って、空砲を打ち空港から追い払うこともあります。また、空港は滑走路周辺に草が生え、昆虫が集まるために、それを狙って鳥が集まるので、その草をなるべく短く刈る作業も「バードストライク対策」 と言えるでしょう。ともかく、今は決め手がない状況です。

=鳥衝突への対策には幅広い検証が必要=

 空飛ぶ車に対する鳥衝突の脅威については、小さな鳥であっても群れに遭遇した場合、中型から大型の鳥に衝突した場合など、広い可能性を含め、どのような影響を受けるのか検証が必要です。自然の中で運行する以上、これはとても重要な課題の一つです。今回はここでおしまいにします。
 次回は、「コンピューター依存とフェイルセーフの問題」について問題提起をします。