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ことラボ・レポート

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日本乗員組合連絡会議 テクニカルアドバイザー 奥平 隆/【連載#2】「空飛ぶ車」の心配ごと

2024 年 02 月 21 日

日本乗員組合連絡会議
テクニカルアドバイザー
奥平 隆

<経歴>
1972 年(昭和 47 年)航空大学校専攻科卒業
同年、全日本空輸株式会社に入社
その後、YS11、ボーイング737、ボーイング747−200、ボーイング747−400 などに乗務。副操縦士として 15 年の経験ののち 1987 年に機長昇格し 2010 年に 60 歳定年で退職。
就航路線は国内、北米、欧州、香港など。総飛行時間約 12,000 時間。
現在、日本乗員組合連絡会議テクニカルアドバイザーを務める。


< 気象現象に対する脆弱性>

 今回は、空飛ぶ車を飛ばすにあたっての「耐空性の証明」に関わる疑問について、まず気象条件の課題を書いてみます。

 飛行機の設計に当たって求められる事項は、飛行機の性能、強度、操縦性、安定性、経済性などです。 飛行機の設計については、私は素人ですが、おそらく求められる事は、その飛行機の各部分についての多くの予備的な検討が必要であり、これらの結果を統合して最終的な全形を決めていくものと思われます。
 空飛ぶ車のイメージには、様々な形がありますが、そこに統合された科学的根拠の裏付けがない限り、自然の中の巨大なリスクに耐えられるとは思えません。 飛行機の各部分に関わるリスクについては、構造的な問題、環境変化への対応、緊急時を含めた操縦性の問題、コンピューターの信頼性と、経年劣化に対する対応、などが 10 の9乗(注1)の信頼性に耐えられるのか。
 飛行にあたって、実際に受ける荷重の範囲で耐えられるかどうか、放射線などからのリスク回避などの課題、様々な検討課題が横たわっています。それらに対して、適切な知見の裏付けや計算と実験(シミュレーションも含む)などを経て、人を乗せて飛ばして良いという証明が求められます。

注1)航空機事故ゼロをめざして「設計における安全性確保」
鈴木真二 東京大学未来ビジョン研究センター特任教授/福島ロボットテストフィールド所長
 航空機は安全性を確保するため、どのように設計されているのか。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻教授の鈴木真二氏が、航空機の設計開発における安全性の確保について解説する。現在では、故障しないような設計のみならず、故障を見越した設計や、確率的な信頼性基準に基づく設計も採用されている。(全12話中第8話)
収録日:2017/11/27
キーワード:故障 航空機 部品 事故 安全性 FAA 損傷許容設計
(引用 本文より抜粋)
『●重要部品は10の9乗時間に1回の故障しか許容されない
・・・・ また、確率的な信頼性基準も導入されています。第2次世界大戦後に開発された電気電子部品の信頼性管理の手法が、航空機の信頼性基準として採用されるようになったのです。信頼性は確率で表現されます。ある信頼性を持つ部品を組み合わせていったときに、大きなシステム全体がどのような信頼性を持つのかということを、数学的に表現するものが信頼性基準です。
 こうした確率的な安全について、国際民間航空機関(ICAO)では次のような考え方を採っています。歴史的に非常にまれですが、重大な事故は起こり得ます。これは経験的に10の6乗時間に1回発生すると言われています。そのうち、機材のトラブルに起因するものは10分の1程度ということで、10の7乗時間に1回発生すると考えます。ただし、1つのトラブルは、100個程度の潜在的な故障の積み重ねで発生するという考え方があります。そこで、安全上重要な1つの要素については、10の9乗時間に1回の故障しか許容しないことになっています。』

今果たしてそのような「安全への保証を裏付ける」作業が、日本で適切に進められているのでしょうか。いくつかの疑問点について、提起してみたいと思っています。

 まず空飛ぶ車の大きさの問題についてです。今、流されている空飛ぶ車のイメージは、現在の旅客機等と比べると、極めて小さいスケールです。 その中で、現在飛んでいる旅客機であれば、回避できる可能性について、それができるのかどうかの課題があります。

 航空機運航の世界では、ウインドシア・マイクロバーストと呼ばれる気象現象があります。これが問題になるのは、離着陸時にそれに巻き込まれたときに、突然失速し滑走路に叩きつけられたり、所定の飛行経路から逸脱してしまうと言うことが起きる気象現象です。(第1図では積乱雲に伴う同現象を示しています) そのために、 パイロットはこのような現象に巻き込まれたときに取る手順を徹底的に教えこまれます。そして各エアラインは、この種の訓練を定期的に必ず義務づけています。

空飛ぶ車のスケールの航空機がこのような現象に巻き込まれたらどうなるでしょうか。
おそらく回復不能のまま墜落と言うことになるでしょう。 巻き込まれたときの影響の大きさは、従来の旅客機に比べて、はるかに大きなものになるでしょう。
しかも、この現象は、気象研究としては明らかにされていますが、実際に飛行する航空機の経路で、それが発生するかどうかの正確な観測はまだ不可能な状況です。(「第1図」は日本気象学会機関誌「天気」2010年Vol.57より引用)

■雹(ヒョウ)や着氷の脅威
 また、大きな気象現象として、積乱雲によって 発生する雹や 低温下で発生する着氷等に関して、どのようにリスク回避ができるのか、あるいはフェイルセーフを保つことができるのか。 多数のプロペラを装備する空飛ぶ車の構造上、これも極めて不利な結果をもたらすと想像しています。これについて少し説明します。

 空を飛んでいると、様々な現象に出くわします。地上で雨だったのに、飛び上がった途端に、機体に氷がベタベタと張り付いて空気の流れが乱れて、失速しそうになったり、突然の雹(「ひょう」はアラレ状のものからゴルフボール大まで様々な大きさのものが観測されています)に見舞われ機体に大きな傷がついたり、機首部分にあるレドームが吹き飛ばされるということもあります。
雹によって被害にあった飛行機の写真を2点紹介しましょう。
AEROFLAP(航空関係のWEBニュース) のURL

アトラスグローバルの航空機が雹の嵐で飛行中に損傷
2017年8月 に エアロフラップ ニュースに掲載

次は、米国2015年8月9日CNNニュースによる配信記事の写真です。

飛行中の米旅客機がひょう被害、機首損傷などで緊急着陸 2015.08.09 Sun posted at 14:44 JST

 これらの飛行機は無事に降りてきましたが、空飛ぶ車程度の航空機が遭遇したら、小さなプロペラや駆動装置に重大な被害が及び飛行を維持することも不可能になるでしょう。

<落雷〜カミナリさんは怖い>
 日本で年間に、航空機が被雷する件数は数百件に上ると推定されます。私自身、乗務していたジャンボ機への落雷で、尾翼(先端部分)が吹き飛ばされた経験があります。乗客乗員に怪我人は出ませんでしたが、機体には重大なダメージが残って、着陸後に次のフライトはキャンセル(欠航)となりました。
ジャンボ機のスケールと比較したらはるかに小さい「空飛ぶ車」では、どのような落雷対策が施されているのでしょうか。雷は強烈な電気です。その電気が「入ってくる場所」と「出る場所」にダメージを与えるだけでなく、場合によってはその「通り道」で(電気火花を発生させるなど)暴れることもあるのです。コンピューター等の電気系統への大きなダメージが命取りにならないでしょうか。完全にシールドを施すとなれば、きっと、飛ぶことが出来なくなるほど重くなってしまうでしょう
 このような事例を想定すると、空飛ぶ車は気象現象に対して極めて脆弱性を持っているといえます。(以下、次回に続く)