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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

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日本乗員組合連絡会議 テクニカルアドバイザー 奥平 隆/【連載#1】「空飛ぶ車」の心配ごと

2024 年 02 月 07 日

日本乗員組合連絡会議
テクニカルアドバイザー
奥平 隆

<経歴>
1972 年(昭和 47 年)航空大学校専攻科卒業
同年、全日本空輸株式会社に入社
その後、YS11、ボーイング737、ボーイング747−200、ボーイング747−400 などに乗務。副操縦士として 15 年の経験ののち 1987 年に機長昇格し 2010 年に 60 歳定年で退職。
就航路線は国内、北米、欧州、香港など。総飛行時間約 12,000 時間。
現在、日本乗員組合連絡会議テクニカルアドバイザーを務める。


掲載にあたり
 今年の元旦に起きた「能登半島地震」に日本中が心を痛めていた翌日、羽田空港で起きた着陸してきた日本航空の旅客機と北陸に救援物資を運ぶために滑走路に入ってきた海上保安庁の航空機が衝突・炎上した事故は、パイロットだった私の心には大きな衝撃でした。この出来事でも判るように、空を飛ぶことは人々のあこがれであるとともに一瞬の油断で大きな災害に直結します。
 パイロットという職業は、数ある職業の中で大きな違いがひとつだけあります。それは「人の命を預かる」ということです。医療関係者も、同じように見えますが、患者が置かれている環境は、飛行機の乗客とは大きく異なります。フライトを楽しむお客様は旅を楽しんでおり“命”と向き合ってはいません。安心して、安全に関して全面的に依存されています。その信頼に応えられるように航空産業の関係者は、厳しい訓練を乗り越えて職務に従事しています。
 NHKの朝の連続ドラマ「舞いあがれ」で、主人公はパイロットを目指していたので、パイロットがどのような訓練を受けるのか、訓練の一端をご覧になった方も多いかもしれませんが、多くの方はパイロットについてご存じないと思います。“空を飛ぶこと”を目指す「空飛ぶ車」を実現するには、解決しなければならない課題が数多く残っていることを知っていただきたい。
これからお読みいただくにあたり、そのことを念頭に置いていただければ幸いです。

はじめに
人を載せて空を飛ぶことは、航空機のパイロットなど資格を持った人のみに許されている行為です。最近開催された「Japan Mobility Show 2023」(JMS2023)では、近未来の移動手段として「空飛ぶ車」が提案されて話題になっています。

出典:経済産業省ウェブサイトより引用

 新しい技術で新しい産業が興ることは望ましいことですが、社会全体を見渡して作用・反作用を考えないといけません。いまのようにメディア先行では少し心配です。何しろ頭の上を重たい物体が飛んでいくのですから。
 下記の表(国交省ホームページより)が、航空法で規定されている「航空機」の(耐空類別上の)種類です。「空飛ぶ車」は一例を写真で見ても、固定翼の飛行機でもないし、回転翼航空機でもありません。ちなみに回転翼のヘリコプターでは、オートローテーション機能(エンジン回転力が失われた時に風車状態を保って安全に着陸する機能)が求められており、その機能は、オスプレイにもありませんし、空飛ぶ車でも難しそうです。
 この図の中に今話題になっている「空飛ぶ車」はどこに位置付け安全を保証するのでしょうか?
 オスプレイを含めて、この中に規定されていないものが日本の空を飛ぶことは、基本的にできませんし、試験研究の名目で飛ばす場合にも航空法の厳しい規定が適応されます。
 話は飛びますが、自衛隊の所有も含めて、なぜオスプレイが日本の空で堂々と飛行できるのか?
 その答は、日米地位協定などを含む日米安保条約、と以下の自衛隊法にあります。これが適切な条項かは疑問です。航空法に除外規定もあります。これらは、あくまで搭乗するお客さんや地上の人の命を守る法律とは別次元(軍のミッションを遂行するため)の規定によって「除外」されているのです。

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自衛隊法(昭和 29 年法律第 165 号)(抄)
(航空法等の適用除外)
第 107 条 1~4(略)
5 防衛大臣は、第一項及び前項の規定にかかわらず、自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準、その航空機に乗り込んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め、その他 航空機に因る災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置 を講じなければならない。
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 ところで、空飛ぶ車は軍事用ではありません。したがって航空法の規定に従わなければなりません。
では、航空法の安全上の規定とは何なのか。
まずは、人の頭の上を金属や複合物の重い物体を飛ばすのですから、安全性が基本となります。空は世界に広がっていますので「国際民間航空条約(ICAO)の規定並びに同条約の附属書として採択された. 標準、方式及び手続に準拠して(航空法第1条)」と航空法に規定されその「スタンダード」に従うということです。
その条件の一つに、「耐空性の証明」があります。前ページに示した表はその類別です。飛行中の様々な場面で、乗り組んだ人の安全や地上の人に害を及ぼさない条件です。
設計に始まって、使用部品の安全証明、保守整備の条件、など多岐にわたります。
また、運航にあたっては「航空従事者」としての「許可(免許)」が必要になりますが、空飛ぶ車に関するこれらの規定は、まだ存在していません。
さらに、実際に運航する上での、気象条件の定めは「実証」も含めてどこまで進んでいるのでしょうか。来年の大阪万博で「空飛ぶタクシー」としてデビューさせる、という話もありますが、条件も整わないのに、まず飛ばそうという「政治的判断」は危険です。様々な疑問があります。
(以下、次回に続く)