メールマガジン配信中。ご登録はお問い合わせから

ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

裾野広げる

2025 年 03 月 26 日

 クルマのEV化を巡り「100 年に1度の変革期」と表現されているが、直接的には工作機械を発注する動きが大きく落ちている。日工会が毎月発表する受注実績を見るとそれが一目瞭然だ。
 3月に配布された「月例記者会見」資料によると日工会の受注額で「自動車・完成車」「自動車部品」分野からの受注額について、2018 年では月平均 207 億円だったものが、2021 年 96 億円/月、2022 年 112 億円/月、2023 年 84 億円/月、2024 年 76 億円/月と激減し、2018 年に比べると 36.7 %にまで低下している。これを「自動車業界が方向性を示さないからしょうがない」と考えるのか「何とかしなければ」と考えるのかで、これから先の工作機械業界のありようは大きく変わるだろう。本稿はそのヒントになると思われる考え方を紹介する。

ホンダの考え方
 2000 年のJIMTOFを最後に日工会から退会しJIMTOFからも撤退したホンダエンジニアリング(EG)は、「JIMTOFは自動車メーカーの参考にはならない」と言い残して去って行った。そのとき意見を求められJIMTOF継続出展を説得したが効果なく視界から消えてしまった。そのときEGのS主査は、その後はEGから本田技研に転籍すると言う。クルマづくりの最前線から研究機関に行けば、これまでの経験が生かされますね、と申し上げたときの返事に不思議な印象を持った。「クルマを作っていた経験は技研では役に立たない。いまそこで注目を浴びているのは“お米を作っている人”と“昆虫を飼っている人”だ」と言うのだ。この言葉の意味をその後に知ったのだが強烈な印象だった。
 それは日本精密測定機器工業会の総会後の懇親会でエンジニアと意気投合したときのことだ。そのとき博学な彼に「お米」と「昆虫」の話をすると「打てば響く」とはこういうことなのだろう、「それはね」と「お米はバイオ燃料の研究だろう」そして「昆虫というのは、この宇宙のなかでエネルギー変換率が最も効率の良い仕組みを持っている」との回答だった。それ以来「昆虫」についてはアンテナを立ててきた。というより「機械工業」ばかりではなく、科学全体そして社会全体にアンテナを立てている。強いよりどころもこだわりもないためか、技術や科学にはニュートラルに接することができていると思う。
 いま自動車業界を覆っている閉塞感を打ち破るヒントになると思われる論文が『クルマづくりナビゲーションBook』(ニュースダイジェスト社刊 2004 年)内の『使う立場で見た工作機械』(ホンダエンジニアリング㈱P/T設備生産部主幹・佐藤正夫)に詳しい。その中で佐藤主幹は「HONDAは厳しい状況へみずからを追い込んでいる。しかし、現場にはHONDAだけでは解決できない課題がたくさんあり、工作機械業界の協力を必要としている。しかし、似たような機種開発を続ける同業界からはHONDAが求める品質が期待できないのが残念である」と書いている。ホンダの流儀が解決策のすべてだとは思わないが、“使う立場”から見た工作機械産業に対する指摘は参考にして欲しい。この本は多分、入手困難と思うので、次回以降に趣旨を紹介する。
 ただここでは、多くの工作機械メーカーが「お客様のために」とうたっているがHONDAは入っていないようだ。それはHONDAの求めるレベルがかなり高いからだろう。“漫然”と過ごしている時代ではないと警鐘を鳴らしておきたい。

ユーザーとの距離
 水回りの配管には青銅(ブロンズ)が多く使われるが、それは鉄系管材に比べると柔らかいが粘り気が強いという。たまたまTOTOとキッツのエンジニアと海外展示会に行ったとき「ブロンズの粘りに対応するために購入したマシンを調整しないと使えない。メーカーには毎年 200 台を必ず購入するからブロンズ加工専用機を作って欲しいと要求するが対応してもらえない」と、両者から同じことを聞いた。
 またスマホ以前のガラケー時代に、乱発される携帯電話の筐体用金型を対象にした小型の型彫り放電加工機を開発すれば良いのに、と某メーカーのトップに申し上げたときに「使い方を考えるのはユーザーの仕事。目的を特定すると他の業界に売れなくなる」とあっさり断られた。
 長年、工作機械業界を取材していて感じているのがこの“距離感”だ。HONDAは工作機械業界の協力を求めているが、それは適わなかったと言っている。一方、工作機械側は自動車に限らず大手製造業の現場のエンジニアリング力が弱ってきた、とこぼしている。“協力”ではなく、“おんぶにだっこ”だという。しかも新しい機械を納入すると昔は「それでしばらく遊んでやれ」と、新入りのマシンが現場に馴染むまでにゆとりがあったが、いまではすぐに機能を最大限に上げて酷使する」と、指摘する。数字に追われて「創る喜び」は忘れられ始めている。両者の土俵はかなり違っている。

商社の役回り
 両者の距離感を縮めるには、流通機関つまり商社が重要な機能を果たすと考えている。ある自動車部品メーカーの工機部長から「最近、1億円の放電加工機を購入した」と聞いた。そのメーカーとユーザーは7kmくらいしか離れていないにも関わらず、メーカーの営業マンは顔を見せていない。この件では商社の営業サイドとだけで話を進めていた。メーカーの社長にその話をすると「おかしいな。ウチからも誰かが行っているハズだが」というだけでそれ以上の展開はなかった。
 この話に関連してあるエンジニア社長の話を思い出した。彼は「営業マンにモノを売りに行くな、と言っている。数あるライバルの中でウチを選んでくれたお客様にモノを届けると、話が一段落してしまう。」彼はこのように説明する。ユーザーが必要と思っているのはA、B、C、Dの要素。市場にあるのはA、BばかりでウチにはCも入っていたから売れた。しかしユーザーに話を聞くとDも必要だと判る。それが判れば頑張ってDも開発して提供する。すると次のテーマはEだと教えてもらえるようになる。相互の信頼関係が醸成される」というのだ。これはHONDAの求めている姿勢だろう。流通が間に入ると情報が切断されてしまう。
 メーカーとしては、同じものを作って数を売り捌けば儲けは大きい。その道を目指すのが正しいのだろうが、いまの環境ではそれは適わない。「お客様のために」と言葉で言うほどお客様との距離は近くない。ひとくちに「工作機械」と言っても、「お客様のために作っています」というカスタマイズ路線から汎用性の高い機能を満載する低価格高機能路線の両極端に分かれているのが現状で、どちらも手詰まり感で一杯だ。
 いまは自動車やIT機器の方向性が見えないから、ユーザーの懐に飛び込んで、狭い市場でも買い手が決まっているカスタマイズ商品を提供してきたる日に備える。そのための情報収集は、商社のネットワークに積極的にアクサスする。そのための資料として自社技術の棚卸をして“試算表”を作成してネットで公表する。
 生産財分野の構成員は「メーカー」「ディーラー」「ユーザー」の三者だが、どちらも商売がさきに立って協力・協調性が弱い。各分野とも「工業会」や「協会」があるが、懇親会と情報交換が活動の中心だ。「100 年に1度」は良く使われるキーワードだが、今回は質量ともに変革のときだ。5月の総会時期を待たずに、臨時総会を開催して直面している課題にどのように向き合うかを議論したらいかがだろうか。