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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

最近の通商政策(2024年1月)を読んで

2024 年 04 月 17 日

 外務省OBで外交評論家の岡本行夫氏は 2020 年4月 24 年に新型コロナの感染症でお亡くなりになったが、私の住む藤沢市に縁のある方で、近所には懇意にされていた人もいる。氏の遺著『危機の外交~岡本行夫自伝』(2022 年新潮社)は書店で手に取り買い求めたが、日本を考えるうえで示唆に富むエピソードに溢れている。ぜひ皆さんに読んでいただきたいがその中 130 頁付近の内容をお話ししたい。それは「主要六か国首脳会議」(現サミット)が初めて開かれたパリ郊外のランブイエでのことだ。日本の三木首相が発言を始めると議長のジスカールデスタン仏大統領がこれ見よがしに新聞を読み始めた、とのこと。それをその場にいなかった牛場信彦元駐米大使に報告すると、牛場氏は微笑みながら「キミ、それが日本の実力だよ」といわれた、と。
 サミットに参加しているアジア人、非白人は日本だけだ。それを誇りに思うことは当然だろうが、実は日本は“一人前”と評価されていない。その意味を正確に伝えるのは少し説明が必要だ。これは決して白人が大人で日本人が未熟だ、との意味ではない。
 18 世紀に英国から始まったとされる「産業革命」は、動力(蒸気機関)を使った機械文明が始まり、生産性が格段に上がり痩せた農地から貧しい食料しか収穫できなかった土地に、工場を建て収益性が一気に上がった。それまでは目の前の大河の恵みで安定した収穫を得ていたナイル川、チグリス・ユーフラテス川、インダス川、黄河の流域で文明が先行していた。黒船が押し寄せてきたとき、国内をまとめて明治維新を断行した日本に対して、中国などのアジアの先輩国は、欧米の機械文明に怯えて民族の誇りである髷を切り落とした日本人を蔑んだ。
 しかし、機械文明の技術力には抗いようもなく、中国、インド、アフリカには欧米の帝国主義の魔の爪が襲い掛かった。第2次大戦後の民族自決主義で植民地は独立したが、欧米社会はアジア・アフリカを蔑んできたまま 21 世紀になった。
 その中で日本人は、早くに機械文明を取り入れたアドバンテージで“名誉白人”と思い込んでいるが、欧米社会はそのように見てはいない。東西冷戦が続いていた 1980 年代に「日本は西側陣営に属しているのか」と欧米で議論になった。その根底には、日本には民主主義が根付いていない、との認識がある。反論はあるだろうか。
 ミラノで午前中の取材が終わったとあと午後は次の取材先(UCIMUイタリア工作機械工業会)のあるミラノ市の正反対に行かなければならないのに午後からの交通ゼネストで足がなくなった。困っていると取材先に社長が「クルマを出す」と言ってくれた。その車中で親切な社長は「UCIMUがいかに素晴らしい工業会なのか」熱弁してくれた。UCIMUは 200 名前後のスタッフで工業会として統計をとり、BI-MU展やEMO展の準備など日本の工業会とは変わらないが、出版物の編集企画などUCIMU認定企業の選定などは日本とは異なる。自分の所属する工業会の賛歌を聞くことは少ない。日本は“お上”の上意下達を効率よく伝えることに力点がおかれている印象だが、欧米ではワイワイと議論して決まることが多く、効率は悪い。
 ここに経済産業省が作成した「最近の通商政策(2024 年1月)」がある。難しい国際情勢の中で無秩序に広げることが目的ではないが国民としては“通商政策”の一旦は理解するべきだと信じる。
 外交の機微に触れる事柄が多いので、紹介するのは限定的である。しかしグローバル社会の中で生きていかなければならない時代は「人任せ」では生きていけない。以下のことがらに目を通してしっかり仕事をして欲しい。テーマはかつて三木首相が軽んじられたサミットで、昨年広島で開催されたアレです。
 国の行政機関は、随時メッセージを発表する。内容に応じてアウトラインだけだったり、全文だったり、その判断は国サイドで決めている。長年の取材活動で、多方面から資料をいただく。経産省関係者が集まる勉強会、関連団体の嘱託を受けて担当した広報委員、大学など研究者の勉強会、海外出先機関の交流会などなど、会社勤務時代には持て余すほど多種多様な資料が手元に届く。
 2024 年1月の作成された「最近の通商政策」は、見方によれば外交の機微に触れる内容だが、グローバル時代に生きる国民に知らせるべき内容も含む。経済安保が取りざたされる時代なので、何が“外交の機微に触れるか”の判断は縮小解釈にとどめるが、コンテンツだけはお知らせする。

目次とコンテンツ
1頁、2頁目~大目次 「新しい世の中が始まる」
3頁
1.G7広島サミット 日程:2023 年5月 19 日(金)~ 21 日(日)
●アジェンダ
・招待国・国際機関(9ヵ国、7機関)~参加した国や国際機関
サミット構成国:仏、米、英、独、日、伊、加。+EU
招待国・国際機関:インド(G20議長国)、インドネシア(ASEAN議長国)、オーストラリア、韓国、クック諸島(太平洋諸島フォーラム(PIF)議長国)、コモロ(アフリカ連合(AU)議長国)、ブラジル、ベトナム、ウクライナ
国連、国際エネルギー機関(IEF)、国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行(WB)、世界保健機関(WHO)、世界貿易機関(WTO)
4頁 サミットの写真~省略
5頁~6頁 成果文書のポイント(経産省関連)
①気候変動、エネルギー
7頁
②経済安全保障
③デジタル
8頁
2.世界経済に構造変化
(1)グローバリゼーションに対する有識者の評価
●1980 年代から続いてきたグローバリゼーションは転機に。「脱グローバリゼーション」(deglobalization)ではなく、「グローバリゼーションの変容」との指摘も。今後も国境を越えた取引が続くことを前提に、政策を考えていく必要。
●物品貿易の頭打ちに対し、サービス貿易は成長を続け、データや知財、人事(パンデミックの影響除く)の越境流通は急激に伸びている。IT化など技術革新によりサービス貿易の障害が低下し、シェアが上昇。
★Pol Antrasハーバード大学教授 2020 年 11 月
●過去 50 年のうち 2008 年までの約 20 年間は「ハイパー・グローバル化」。その要因は、
ICTによるバリューチェーン分散
貿易摩擦の削減
旧共産圏のグローバル経済への統合
その影響の一巡後、グローバル化が減速するのは自然であり「脱グローバル化」ではない。
9頁
(2)WTOの機能不全 =改革の機運は得られるか
●164 の加盟国でコンセンサスによる意思決定は限界。東西冷戦下、前身のGATTは西側の枠組みとして創設、米中緊張下の今日、米中両国を含む枠組みとして、どこまで機能回復できるか。
WTOの機能
交渉機能:関税引き下げなど貿易障壁の削減・撤廃
各分野での貿易ルールの形成
補助金を規律する補助金協定
特許権・著作権などを規定するTRIPS協定など
紛争解決機能:WTO紛争解決手続きによる貿易紛争の解決
パネル(小委員会)・上級委員会の二審制
監視機能:
10
WTO紛争解決制度が抱える問題
11
威圧対抗措置等 ―WTOの補完か、形骸化への一歩か
12
電子商取引交渉
13 頁
2.(3)地政学的な構造変化を背景に、激化する産業政策間の競争
● 新型コロナ感染拡大はグローバリゼーションの限界を露呈。ロシアによるウクライナ侵略、米中対立等を背景に、世界は地政学的な構造変化に直面。先端技術分野を中心に、貿易・投資・技術・ 情報といった領域で、世界の「分断」が進展し、産業政策間の競争が激化している。
中国は、国内大循環(内需拡大、コア技術の国産化、自主的でコントロール可能なサプライチェーン)と 国際循環(中国と協力する意向のある国・地域・企業と連携、対外開放に伴い安全保障を重視)で、 外部からのサプライチェーン断絶に対する強力な反撃力と抑止力の構築を目指している。
米国は、インフレ削減法において、気候変動対策を名目に、再エネ、EV、グリーン水素などへ 3690 億ドルもの財政支援(税額控除や補助金)を行い、国内産業基盤の再構築、雇用創出、サプライチェーンの強靭化をはかり、国内外から投資を強力に引き付けている。(例)日米重要鉱物協定
EUも、ネットゼロ産業の競争力強化のために、グリーンディール産業計画に 2700 億ユーロ以上の支援策を講じる構え。

14
(参考)中国の産業政策 (「双循環」~供給網における地政学的な構造調整に対応~)
●中国は、対外開放路線を継続(国際循環)しつつ、内需を拡大することで(国内大循環)、自国の巨大市場の魅力により諸外国の投資・技術を惹き付ける「双循環政策」を提唱。
●「自主的・コントロール可能なサプライチェーンの能力強化」のため、供給網の主要部分は国内に留めておき、強制的な技術移転を迫るなど、先端的のコア技術の国産化を挙国体制で推進。
外国(企業)の中国依存を強化しつつ、自己完結型産業チェーンの確立のために脆弱部分を 重点的に補強するなどしてサプライチェーン断絶に対する抑止力を構築。

科学技術の自立自強
研究開発

R&D投資の伸び率 →年平均7%以上
国家科学技術プロジェクト →AI、量子情報、集積回路、生命・健康、宇宙等
製造業の競争力強化 →新素材、重要技術設備、 スマート製造、ロボット、航空等

中国が第 14 次5カ年計画などで打ち出した「双循環」
中国依存の強化
→外部からのSC断絶に対する強力な反撃力と抑制力の構築(SC:サプライチェーン)
輸出管理の強化 輸出管理法は詳細未定なるも、
①域外適用と再輸出規制に よるグローバルSCへの影響
②国際輸出管理レジームの目的を越えた国内産業支援のための輸出規制
③報復措置による企業の経営判断への不当な介入の懸念あり
2022 年には他国にとってのチョークポイント技術の管理などを企図して「輸出禁止・輸出制限技術 リスト」の改定に着手。
大規模基金等による技術振興
国家基金を設置(2014 年、2019 年)して、半導体関連技術に5兆円を超える大規模投資

15
(参考)中国EV産業の展開(Rhodium Groupレポート)
16
米欧の新たな産業政策 -新たな保護主義か、LPF
●①持続可能性の確保に必要なコストを払わない企業との間のLPFの確保や、②重要物資の調達先の信頼性確保は、必要な要請。しかし、米国のIRA等、それを超えた過度な保護主義の懸念。
●同志国間で「同志国立地(フレンドショアリング)」を促す政策調整が重要であり、米・EUそれぞ れと対話の枠組み作りに合意。

17
(参考)サリバン大統領補佐官の外交政策に関する論文
■概要
1.情勢認識
18
2.米中関係
3.今後の考え方
19
(参考)EUの炭素国境調査措置(CBAM)について
20
EUの中国製EV反補助金調査
21
2.(4)米中関係の最近の動向
22
米中首脳会談(現地時間 2023 年 11 月 15 日)
米側発表~ 24 頁まで
中国発表~ 28 頁まで
28
GDPの米中逆転はあるか?
●ゴールドマンサックスの試算では、2035 年に米中のGDPが逆転するとの試算が示されているが、中長期の成長率については、各国のシンクタンクも見解が分かれている。
29
2.(5)日中首脳会議
1.総論

・岸田総理大臣から、本年は日中平和友好条約 45 周年の節目に当たり、両国の多くの先人達が幅広い分野において友好関係の発展に尽力してきたことに両国国民が思いを馳せ、今後の日中関係を展望する良い機会となった、 日中両国が地域と国際社会をリードする大国として、世界の平和と安定に貢献するため責任を果たしていくこと が重要である旨述べた。
・両首脳は、日中間の4つの基本文書の諸原則と共通認識を堅持し、「戦略的互恵関係」を包括的に推進することを再確認した。その上で両首脳は、日中関係の新たな時代を切り開くべく、「建設的かつ安定的な日中関係」 の構築という大きな方向性を確認した。
・両首脳は、本年に入り、外務、経済産業、防衛、環境分野の閣僚間の対話が成功裏に開催されたことを歓迎した上で、引き続き首脳レベルを含むあらゆるレベルで緊密に意思疎通を重ねていくことで一致した。
2.協力
・岸田総理大臣から、経済や国民交流の具体的分野で互恵的協力を進めていきたい旨述べるとともに、正当なビジネス活動が保証されるビジネス環境を確保した上で、日中経済交流の活性化を後押ししていきたい旨述べた。
・両首脳は、環境・省エネを含むグリーン経済や医療・介護・ヘルスケアを始めとする協力分野において具体的な成果を出せるよう、日中ハイレベル経済対話を適切な時期に開催することで一致した。また、両首脳は、日中輸出管理 対話の立ち上げを歓迎した。
・また、両首脳は、マクロ経済についての対話を強化することで一致するとともに、日中協力の地理的裾野が世界に広がっていることを確認した。加えて、両首脳は、共に責任ある大国として、気候変動などのグローバル課題についても 協働していくことで一致した。さらに、両首脳は、様々な分野において、国民交流を一層拡大していくことで一致し、 日中ハイレベル人的・文化交流対話を適切な時期に開催することで一致した。

30
3.懸案

・岸田総理大臣から、5月の日中防衛当局間の海空連絡メカニズムの下でのホットラインの運用開始を歓迎しつつ、安全保障分野における意思疎通の重要性を述べた。また、尖閣諸島を巡る情勢を含む東シナ海情勢について深刻な懸念を改めて表明し、日本のEEZに設置されたブイの即時撤去を求めた。また、ロシアとの連携を含む中国による我が国周辺での軍事活動の活発化等についても深刻な懸念を改めて表明した。
・また、台湾海峡の平和と安定が我が国を含む国際社会にとっても極めて重要である旨改めて強調するとともに、 (先方から台湾に関する立場を述べたのに対し、)我が国の台湾に関する立場は、1972 年の日中共同声明にあるとおりであり、この立場に一切の変更はない旨述べた。
・また、岸田総理大臣から、中国における邦人拘束事案について、邦人の早期解放を改めて求めた。
・さらに岸田総理大臣から、ALPS処理水の海洋放出について、科学的根拠に基づく冷静な対応を改めて強く求めるとともに、日本産食品輸入規制の即時撤廃を改めて求めた。双方は、お互いの立場に隔たりがあると認識しながら、建設的な態度をもって協議と対話を通じて問題を解決する方法を見いだしていくこととした。
4.国際情勢
・ 両首脳は、拉致問題を含む北朝鮮、中東、ウクライナなどの国際情勢についても議論を行った。ま た、両首脳は、国際情勢について緊密に意思疎通していくことを確認した。

31 頁~ 32
3.今後の政策の方向性
(1)有志国と連携した国際協調行動 ~G7貿易大臣会合、日EUハイレベル経済対話、日米2+2、IPEF、経済的威圧
33
インド太平洋経済枠組み(IPEF)- 21 世紀型の新協定となり得るか
34
(参考)中国による経済的威圧事例の含意
1.経済的威圧のトリガー(レッドライン)は、拡がってきている
●従来のレッドライン:国家主権、安全保障、領有権
●新しいレッドライン:中国の国際的なイメージ(コロナ起源)、中国企業の取扱い(ファーウェイ締出)
2.経済的威圧を可能ならしめる巨大なマーケットパワー
●中国は世界の約3分の2の国々にとり、最大の貿易相手国
●中国のアウトバウンド観光市場は世界最大
消費支出は 2,550 億ドルで世界の国際観光支出の約2割(2019 年)、公式の旅行警告、ビザ削減、ツアー運営のキャンセルで中国人旅行者の数を制限
対象国の観光、小売、ホスピタリティ業界に影響を与えることができる。
3.ディフェンシブな貿易措置の充実
●例:信頼できないエンティティリスト、反外国制裁法、輸出管理法
4.多用されるEmpty Threat(から脅し)
●「対抗措置」、「報復」、「痛みを与える」、「さらに反応する権利」などの曖昧な文言
●国営シンクタンクやメディア(環球時報、チャイナ・デイリー、新華社など)が政府の代弁者
5.輸出先として中国市場に深く依存したり、代替品が容易に手に入るセクターは脆弱
●重要な技術や中間製品を中国にもたらす戦略的な産業分野が標的にされた例は、これまでのところあまりないが…
6.行政措置(取引制限・罰金・許認可など)の多くは不透明
●証拠収集が難しく、企業が政府への情報提供を躊躇し、事案が顕在化しない可能

35 頁~ 36
オーストラリア戦略制作研究所による分類
●中国による外国政府に対する威圧の推移(ASPI調べ)
●威圧事例(行為類型およびシークエンス)
●〈参考〉威圧手法の使い分け(対政府・対企業)
37
各国の動向
米国:経済的威圧対抗法/EU:反威圧措置規制案/豪州:WTO紛争処理/中国:「米国による威圧的外交とその弊害」(5/18、外交部公表)
38
EUの「反威圧措置」規則の概要
39
(2)グローバルサウスとの連携
40
日ASEAN友好協力 50 周年関連イベントについて
41
アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合
42
ERIAの機能強化
43
(3)経済安全保障政策の体系(経済安全保障推進法を含む)
44 頁

(参考)特定重要物資 11 分野
●2022 年 12 月、経済安全保障措置法に基づく特定重要物資として、11 物資を指定
●特定重要物資毎に安定供給確保に向けた目標を定め、支援施策を実施
〈特定重要物資 11 分野〉
抗菌性物質製剤/肥料/永久磁石/工作機械・産業用ロボット/航空機部品/半導体/蓄電池/クラウドプログラム/天然ガス/重要鉱物/船舶部品

特定重要物資毎に安定供給確保に向けた目標を定め、海外調達先の多角化や国内生産基盤の強化、省資源化やリサイクルのための技術開発等、包括的な対策を講じる