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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

「新プロジェクトX」のスタートに思う

2024 年 02 月 21 日

 人生のターニングポイントで数々の音楽に救われてきた体験を持つ私には好きな歌手が多い。その一人が中島みゆきさんだ。彼女の名を聞くと反射的に思い出すのがNHKの人気番組だった「プロジェクトX~挑戦者たち~」だ。2000年3月に始まり2005年末に終了している。番組終了時にはNHK内部のゴタゴタがあり、人気が高かった往時の勢いが薄れていたが、あの番組を評価する声は高い。プロデューサーの今井彰氏の講演録を何度か読んだが、そのうちご自身の出身地である大分県佐伯市での講演録が手元にある。何度読んでも感動する内容だが、時間の経過とともに気がついたことがある。それはあの番組のモデルは“昔話だ”ということだ。皆その内容に感動したというが、その感動は目の前の現実に対する不満から来ていたのではないか。2000年3月は、バブル経済の崩壊から始まった経済の停滞が本格化して久しい頃だ。“Japan as No.1”と言われて浮かれていた1980年代の輝きが「失われた10年」という言葉に入れ替わったと実感していた頃だ。オリンパスやソニーが頑張った、という過去形も大事だが、それが現在どうなっているか、という視点が欠けていると感じるようになった。
 その「プロジェクトX」が今年の4月から「新プロジェクトX」として復活するという。まず嬉しい。講演録は、オリジナル版に私個人の情報を書き足しているが、その原本を書いた人の著作権があるのでネットで紹介することは控えている。親しい人には差し上げることもあるが、多くの人から「感動して泣いちゃった」と言われた。渡した私は喜んでいたが、あるとき「これは過去の話だ。ここから何を学ぶのか、それこそが大事なのではないか」と考えるようになった。皆さんは「昔は良かった」「いまは、そうはいかないヨ」という“オッサンの繰り言”の世界に浸っていたのだと思う。
 2024年になって何が変わったのか。2000年の9月11日は火曜日だったと思う。私は残業して10時近くまで会社にいた。テレビをつけ「プロジェクトX」のエンディングテーマを聞きながら書類を片付けていた。10時になりニュースが始まったが、始まるや否や挨拶もそこそこに、松平定知キャスターの声が飛び込んできた。「いま入ってきたニュースです。ニューヨークのワールドトレードセンター(WTC)で火災が起きている、との情報が入ってきました。飛行機がぶつかったという情報もあります」と続いた。しばらく現地と連絡を取っていたがそこに2機目が飛び込んできた。それをテレビ画面が映し出した。私は終電ギリギリまでテレビに噛り付き、あわてて終電で帰宅すると朝までテレビの前を動けなかった。夜が明ける前には犯人はアラブ人だ、とFBIだかCIAが発表した。その10年前に冷戦が終了し、「米国一強時代」が続くものと思っていたが、この事件を機に世界はマルチファンクションで動き出し、混とんとした時代に突入した。良いものを作れば売れる、という長閑な時代は終わった。ハイジャックした飛行機の乗客、WTCで働く人々を巻き添えにして自殺行為を働いたアラブ人たちの背景を理解できなかったが、米国は犯人たちをすぐに割り出した。アラブ世界と西側世界の戦争が始まると直感的に思った。
 「新プロジェクトX」には、人々が生きる社会の中で、製造業がどのような成果をあげてきたのかを取り上げて欲しい。社会の中で、製造業がどのような在り方でいるのが、このような複雑な時代に相応しいのか、皆で考えたい。