メールマガジン配信中。ご登録はお問い合わせから

ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

“お客様”から“使う人”へ意識を向けよう

2023 年 10 月 16 日

 多くの企業が、経営姿勢として「お客様とともに」とか「お客様のために」を掲げている。21 世紀に入ると目立ち始めたように記憶している。「ウチは創業時から言っている」と主張する企業もありそうだが、この言葉が目立ち始めたとき、“売ろう”“稼ごう”という姿勢が薄れて、日本の産業界も成長したなぁ、と感じていたが最近、あることに気がついた。同時にそれは、忘れていた昔の思い出も引き出してくれた。
 結論から先に言うと、ここでいう「お客様」とは、はっきり言えば「買ってくれるお客様」「いうことを聞いてくれるお客様」だと思う。でもそれでは技術の進化に限界がある。そこで“お客様”を“使う人”に置き換えるべきではないか、というのが気がついた“あること”だ。
 この仕事を始めて間もない頃、業界の長老から「この業界は、部門ごとの仲が悪い。営業は“売り易い機械を作れ”と製造部門に言うし、製造部門は“作り易く設計しろ”と開発部門に言うだけで自分が良くしていこうとはしない」と。同じ会社なのにと思ったが長老には言えなかった。
 さてドイツのある工作機械メーカーの話だ。現場のたたき上げからトップに立った社長が、エアコンの効いた事務所でCAD/CAMを使って仕事をしていた開発部門を、1階の工場フロアに降ろし「自分の設計した部品がどれほど作りにくいか、自分で作って勉強しろ」とやった。自分はホワイトカラーだとプライドを持っていた社員の多くが会社を去っていったが、今の同社の機械はみな使い易いと評判だ。
 次に水回りの配管材を製造販売する大手2社のエンジニアから聞いた話。管材の材料は青銅(ブロンズ)が多く、これは粘りがあって加工しづらい。購入した自動盤を自社でチューンアップするのが大変らしい。「毎年 200 台を購入するから、ブロンズ加工用自動盤を作ってくれ」と要求しているがどこも応えてくれない、と2人とも口を揃えて言っていた。
 さらにガラケー全盛期の話。一つの金型に複数の型を作って“多数個取り”すれは生産性が上がることは承知の上で「金型も成型機も1個取りの小型機を作れば頻繁なモデルチェンジに即応できるのではないか」とトップに言ってみた。即座に「ガラケー以外に使えないから駄目だ」と言われた。
 さてこれらのエピソードには「作る人」や「使う人」が出てくるが、どこにも「お客様のために」は感じられない。そこには純粋な経済活動に基づいての判断がある。しかし、高精度加工を追求するメーカーが耳障りの良い「お客様」を標榜するよりも、もっと「使い手」に歩み寄るべきではないだろうか。自動車業界のエンジニアが教えてくれたエピソードを紹介するが、それはトヨタとマツダからで、全く別の場面で偶然同じ話だったので覚えている。彼らは切削工具の刃数を奇数にするべきだと言う。高速で回転する切削工具の刃が偶数だと、対角線上に刃が並ぶ。すると切削応力が影響し合って、加工面に影響が出るという。しかし、奇数にすると生産性に大きな影響が出る。工具の生産性が劣るとしても、工具を使う側のメリットを追求するのが「お客様」のためだと思うがどうだろうか。
 経営的には「お客様」を意識しなければならないが、技術的には「使う人」を意識するべきではないか。それが技術的な閉塞感を救うのではないか、と考えている。