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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

グローバル社会と語学力

2023 年 09 月 27 日

 カタカナ言葉が氾濫する中で、日本語に対する感性が鈍くなっていると指摘する人が多い。言葉が時代とともに変化していくのは人の世の常だが、1970 年代の後半は「お茶する」など、名詞を動詞化して使うのがブームだった。年寄りは「日本語が乱れている」と嘆いたが、若い人は抵抗なく受け入れた。しかし企業の中には、言葉の意味を厳格に求める経営者も多い。ビジネスが国際化していく現代を「グローバル時代」と簡単に表現しているが、中身の理解は伴っているのだろうか。
 島国の日本では、日本語さえ話していれば生きていける、と思っているので、外国語の習得は特別な取り組みとみなされている。学校教育だけでは身につかないと、町中に外国語学校が溢れている。何十万円かの入学金を払う人もいる。
 チョット待った。こんな経験をしたことがある。中国、蘇州のシンガポール系IT企業に取材に行ったとき、上海から蘇州に向かっていた車が途中で故障した。アポは午前 10 時から正午までだったが、故障のために間に合わず、1時間半近く遅れた。そこは著名な蘇州の工業団地で、東西南北どちらを見ても地平線の彼方まで著名ブランドの海外企業の工場が続いていた。遅刻はしても社長は取材に協力してくれたのだが、昼を過ぎても終わらないと「昼食を摂ってから続きをやろう」と、おっしゃり工業団地内のレストランに入った。
 そこでの経験が貴重だった。社長は4人のスタッフを連れてこちら側は3人。工業団地内のレストランだったが8人の客が円テーブルを囲んだ。何とか会話が続いていたが私は少し違和感が出て社長に質問した。「このテーブの上には何ヶ国語が飛び交っているのですか?」すると件の社長は、質問の意味を解しかねたのか少し間をおいてから「あ~あ」と言って説明したくれた。
 左隣の副社長を指して「彼は客家なので彼と客家語で話している」その左側のスタッフは「北京から来ているので標準語の北京語で」さらに隣は「福建人なので福建語で」また「蘇州人なので蘇州語で」さらに「シンガポールから来ているのでマレー語で」そして彼は「あなたとは英語で」さらに私の右側にいる日本人とは「日本語で」。8人が座っているテーブルで7ヶ国語が飛び交っていた。私は頭が混乱したが、その様子を見た社長は笑いながら「私たちの本社はシンガポールにあります。そこの公用語は英語ですが、多くの国民はマレー人ですからマレー語を話します。さらに親が中国系やインド系が多いので、北京語やヒンディー語。華僑が多いために彼らの言葉である客家語、また蘇州の近くの福建州の福建語も当たり前に使われています。シンガポールの街中では英語、マレー語、客家語が飛び交っています。多言語世界を作っています。
 言葉は生活するための道具なのに、ネイティブの外国人が話すように話せなければならない、という思い込みは「グローバル」を拒否していないか? 美しい発音で正確な文法でこちらの意思を伝えるよりも、こちらの思いを一生懸命伝えることが相手の心に届くことを伝えたい。