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ー 科学と技術で産業を考える ー

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使う人に加えて保全マンも

2023 年 11 月 29 日

10月16日に更新された「ことラボSTI」の「岩波徹の視点」の、“お客様から使う人へ意識を向けよう”に賛成です。使い手として、市場に出回る工作機械に違和感を持っていました。昔は「専用機ライン」を構築していたのでマシンに対する違和感は少なかったのですが、多品種少量生産を実現するためには、汎用性の高い機械でラインを作り、次の仕事では機械を組み替えて、その機械を使いまわします。専用機ラインの開発には使い手も参加していましたので“お客様”も“使う人”も同じ人でしたが、そこでも忘れられがちなのが“保全マン”です。実は機械を使うときは、使用状態をベストに維持するためには保全マンが重要です。現在の設備に精通している彼らの意見に耳を傾けて欲しいのですが、いかがですか。(自動車メーカー生技部門OB)

回答者:大手建機メーカーOB他

 ご指摘は大変重要です。工作機械メーカーのトップに伺うと「面目ない。ご指摘いただきハッとした。いままで意識してこなかった」と驚かれた。私たちは“作ること”に意識を奪われていますが、いまある設備を上手に使いこなすことは製造業界では日常的には重要な仕事になり、それを担っているのが「保全マン」です。
 話は変わりますが、海上自衛隊に勤務している若者から聞いた話です。艦艇に乗っているときには、艦橋での仕事に注目が集まりますが、実は文字通り“縁の下の力持ち”甲板より下の作業のほうが大変なのだと。民需の世界しか知らない我々には想像もつかないが、パワフルな軍需の世界では、民需の生産ラインの保全よりもはるかに大変だという。製造現場の「保全マン」も同様に重要なのにそこに思いが及ばないことが多い。“機械”を動かせば不具合は出てくる。あのFIレースでも、レース中に何度もピットインします。レースマシンのパフォーマンスを最大限に発揮するための「保全マン」の活躍の場です。機械は動き出したときから、摩耗や振動で消耗が始まり、ダメージが蓄積され始める。生産設備の弱い部分にダメージが集まってくる。保全マンは、設備の弱点を熟知した人々と言える。
 しかし工作機械メーカーの営業マンに聞いたところ、保全マンに会うことを意識している人は皆無だった。コンプライアンスが厳しく言われるようになり、生産ラインに簡単に近寄れなくなったことも事実だ。「使う人に会いましょう」とか「保全マンに会いましょう」と呼びかけても、外部環境が硬直化してきた日本には、製造業が苦戦する環境が整い過ぎてしまった。しかし設備を熟知している人に会わないのは勿体ないと思います。
 しかし今の生産現場では、保全に対する考え方が変わりつつある。大きな工場を訪れると、制服や帽子の色が様々です。それは雇用関係が異なるからです。企業により事情はさまざまでだが、かつての社内の保全部隊をそのまま「外注化」して、コスト削減を図ったり、丸ごと外部の企業に委託しているケースもある。しかもデジタル技術の応用で、ベテランのノウハウを数値化して、保全のノウハウの見える化を進めている。際限のないコスト競争の結果、製造設備の全体を把握している人財の仕事をデジタル化できると信じられている。このことは「保全」の重要性や意味を、製造現場が放棄しているのと同じです。さらにIT技術で使われるデジタル機器は、そのアルゴリズムが開発者にしか判らず、これまでの“道具”のようには使えない。デジタル技術の便利さに目がくらみ、地味な努力が忘れられていくような気がする。