ことラボ・レポート
工作機械の研究・開発に新しい風~DMG森精機と東大が『MX研究センター』立ち上げ~
日本では大学と企業の共同研究は教授の個人的な人脈がコアになっていることが多い。それに対して世界の機械産業界で日本と覇権を競い合っているドイツでは、大学・研究機関と企業のコラボレーションが盛んだ。ドイツに強力なライバルがいる日本企業からはドイツの研究・開発体制をうらやむ声も上がっている。具体的には「フラウンホッファー研究所」や「アーヘン工科大学」の名前が日本にも聞こえている。
一方日本では 2004 年の国立大学法人化以降は運営費交付金や補助金などの国費が大学運営費に占める比率が徐々に低下しており、これまでのように教授の個人的人脈に依存する体制から新たな仕組みづくりが急がれていた。
その重要性が叫ばれながら、規模の小さな企業の集まる工作機械業界では、時代の変化が届いていないように見えていた。そのような状況の中でDMG森精機は3月9日、東京大学安田講堂において4月1日に開設する『MX研究センター』の開設記者会見を開いた。
“MX”とは製造業の持続的発展と課題解決に取り組む「マシニング・トランスフォーメーション」の意味で、DMG森精機が提唱しているキーコンセプトのひとつである。2050 年を見据えた高効率化、省エネルギー、人材育成に取り組むために 2026 年4月に東京大学工学部内に『MX研究センター』を開設する。
まず初めに東京大学・藤井輝夫総長が挨拶に立った。

東京大学・藤井輝夫総長
「MX研究センターは本学大学院工学研究科のセンターとして設立される。次世代の研究者が独立して自由な発想で個性的な研究を進めていく環境を確保するため、自らの裁量で長期に安定的に使うことができる基金であるエンダウメントの拡大に取り組んでいる。日本の製造業には国際競争力の低下、人材不足、エネルギーの制約、環境負荷の増大といった次世代に渡り取り組むべきさまざまな課題がある。製造業の未来を考えるには単なる生産性の向上に留まらず環境負荷の低減そして社会全体の持続可能な発展に貢献することが求められている。『MX研究センター』ではDMG森精機を含む学内外の多様な領域の機関と連携する。先端的なマシニング技術を駆使することにより、製造業の革新を目指す」と語った。
続いてDMG森精機の森社長が挨拶に立った。

DMG森精機・森雅彦取締役社長
「DMG森精機は5軸加工機や複合加工機を主力製品としている。企業としては3年から5年に新しい機械を世に出しているが、エンジニアが今、修理しているのは既に 20 ~ 30 年使われている機械であり、いま納めている機械も今後 20 ~ 30 年は使われていく。つまり工作機械産業は、前後で見れば 50 年近いスパンで動いていることになる。その中で工作機械メーカーは3~5年のスパンで研究開発し、製品化している。われわれではなかなか難しい5~ 20 年先に使えるような技術をしっかりと腰を据えて大学と研究できると期待している。一方で全世界には 500 万台のコンピュータ付きの工作機械が稼働していると言われている。今後AI(人工知能)が発展するにつれて、膨大なデータに基づいて非常に複雑な制御を導き出す。そして制御が複雑になるほど、制御される対象物はより緻密に動かなければならない。AIを活用した高度な制御にしっかりと応えられる工作機械が求められている」と話した。

大学院工学系研究科長 工学部長・加藤泰浩教授
「MX研究センターが目指すのは、製造業における革新を加速し次世代技術の開発に取り組むことで、新たなサービスを生み出す力になることだ。特にマシニング技術の進化という点においては精密な加工技術を駆使し、現代の製造業が直面する多様な課題に対応し、マシニング・トランスフォーメーションという新たな領域では、生産性の向上だけでなく新しい技術を導入することで、これまでにない新しいソリューションを提供しシステムを築くことだ。現場ニーズに応じた開発に取り組むことでその成果が確認できる。私たちは企業と共同で研究を進め。その成果がどのように役立つかを、このセンターで追求していく。
さらにセンターの大きな役割は次世代の技術者を育成することだ。学生たちはここで最新の技術を学び、未来の製造業を担うリーダとして育てていく。学生たちは実践的な課題に取り組んでいく。このセンターの経験は非常に貴重だ。このセンターの活動を通じてマシニング技術の革新を目指す。それが社会にいかされ、産業や地域社会に貢献して文化にまで高まれば良いと思っている。」
来賓の挨拶 経済産業省産業機械課の須田千鶴課長が祝辞を述べた。

「日本はこの激動の時代に何を“食い扶持”にして生きていくのか、ということが我々の関心事です。特にデジタル化が進む世の中では、経済の中でデジタルな部分がどんどん大きくなっていく。サービスの貿易赤字は拡大していく、ということが視野に入ってきた。そんな中で工作機械は、日本勢が世界でずうっと勝ち続けている貴重な産業だ。その中でDMG森精機さんは世界でナンバーワンの企業だ。しかし“ものづくり”というのは旧態依然とした業界だと想像する人もいるかもしれないが、森精機さんがやっているものづくりというのは本当に最先端のものづくりだ。日本で初めて世界の製造業のOSを狙えるのではないかと思っている。例えば戦争で使い兵器の精度は、兵器を作るときの加工精度で決まる。工作機械が要求される精度をどこまで実現できるか優劣が決まると言われている。そのように大切な産業だが、設備材はB to Bすなわち一般消費者には馴染がない産業で、人が集まらない。新しい取り組みに取り組んでいるMX研究センターに参加して、日本をけん引してくれることに期待している。」
プロジェクト概要説明
須賀課長の祝辞に継いでMX研究センター長に就任する杉田教授とDMG森精機の入野成弘・執行役員先端研究所担当と廣野陽子・執行役員AM統括担当の3名によりプロジェクトの概要説明が行われた。内容が複雑で多岐にわたるので、ここでは表示されたパワーポイントのタイトルを紹介して説明に替える。

MX研究センターのプロジェクトの概要を説明する杉田教授(中央)。左はDMG森精機 先端技術研究所の入野成弘・執行役員と同 AM統括担当の廣野陽子・執行役員(右)
・マシニング・トランスフォーメーション(MX)
工程集約、自動化、DXにより生産工程を改善、GXを実現する仕組み
・MX DMG MORI ボールねじ製造工程
複合加工機NTXによる工程集約とAMRによる自動化
従来工程:「5工程に分割で4日」から新工程:「1工程に集約で 80 分」へ
・MX AMによる主軸ドローバ製造工程
14 日 11 工程 → 2時間2工程 へ
・MX 計測工程の集約 DX
(ⅰ)加工と計測の工程の集約 高精度化 リードタイム △ 44 %(ワーク着脱削減)
(ⅱ) Digital Twin Test Cut による加工予測とエネルギー消費の削減
サイクルタイム電力消費 CO2排出 △ 30 %
・DMG MORIのミッション MX研究センターの役割
モデル化 → 可視化
・大型放射光施設SPring-8(兵庫県・大型放射光施設)の高速X線撮像が拓く精密加工学
・先端科学技術研究センター・教授・三村秀和
・積層造形:その場観察とプロセスインフォマティクス
高速度観察を用いた機械特性予測
天面画像を用いた内部構造予測
・工学系研究科機械工学・教授・長藤圭介
・工作機械:大規模機上計測とマルチモーダル誤差補正
超精密デジタルツインによる予測
熱的誤差/動的誤差/幾何学的誤差/工具起因の誤差
・工学系研究科機械工学専攻・講師・木崎通
・人材育成 高度な技術専門性を持ち、技術を俯瞰できる人材を育成
企業の社員教育や学生のインターンシップなど、産学の交流を進めていく
プロジェクトの陣容紹介
MX研究センターは上記の杉田直彦センター長・教授とDMG森精機の入野成弘執行役員、廣野陽子執行役員に加えて、以下の陣容が記者会見に参加した。
梅田 端:工学系研究科 機械工学専攻 教授
木崎 透:工学系研究科 機械工学専攻 講師
齊藤 宣一:数理科学研究科 教授
高木 周:工学系研究科 機械工学専攻 教授
長籐 圭介:工学系研究科 機械工学専攻 教授
三村 秀和:先端科学技術研究センター 教授
山田 崇恭:工学系研究科 総合研究機構 准教授
吉岡 勇人:生産技術研究所 教授
好崎 れいな:大学院工学系研究科 機械工学専攻 助教
藤木 博志:新領域創成科学研究科 教授

記者会見終了後の記念撮影
取材を終えて
日本では行政改革の一環として国立大学が 2004 年4月に文部科学省から独立した法人となった。独立した国立大学は、文科省の支援が縮小している。大学が主体的に基金を作っていくエンダウメント(大学独自基金)型研究組織の構築が始まった。東京大学ではすでに自動車メーカーのいすゞと 2025 年2月にスタートさせている。
ある工作機械メーカー系の財団法人が毎年、前年に掲載された論文を表彰している。テーマを見ると機械工学よりも電気工学的だったので、電気系教授の教えを受けたのか、と質問したが「そんなことはできないので自分でやった」との返事だった。大学は“講座制”といって、指導教授の“弟子”となるのがその頃の習わしだった。素人の私には、折角の「知の森」の住人が、何と効率の悪いことをしているのかと腑に落ちなかった。
欧米社会に比べると①契約観念が希薄で共同作業が苦手な国民性、②タテ社会が基本にあるので上下関係が共同作業を阻害しがち、③公共性の観念が薄いので“力を合わせる”感性が低い、などで『MX研究センター』のようなものは日本では作れないと思っていた。しかしDMG森精機は、ドイツ産業界と深く結びついたことで欧米的な感性が豊かだ。森社長も「ドイツの考え方の影響」を認めていた。国立大学の法人化で絶好の環境が整った。記者会見の後半に所属するスタッフの紹介があり、名前を呼ばれた教授陣が次々に立ち上がったときは「ついに日本にも高い公共性の時代が来た」と、夢を見ているようだった。従来の工作機械のカテゴリーに留まらない取り組みにも挑戦するとの力強いコメントも飛び出してきた。
わが社の『ことづくりラボSTI』の“STI”は「科学(サイエンス)と技術(テクノロジー)で産業(インダストリー)を考える」を意味しているが、今回のDMG森精機の決断は、まさにSTIの世界に踏み込んできた瞬間だった。今後の展開が楽しみだ。
【東京大学・DMG森精機 MX研究センターの概要】
名称 :マシニング・トランスフォーメーション研究センター(MXセンター)
開設日 :2026 年4月1日
センター長 :東京大学大学院工学系研究科 杉田 直彦 教授
所属 :約 11 名
主な研究内容 :切削・研削・積層造形(AM)等の加工プロセスを対象とした加工現象の可視化・ モデル化/工作機械・加工システム全体の高度化(精度向上・誤差補正・デジタ ルツイン等)/デジタル技術を活用した設計・制御・運用の高度化 、人材育成 :ORT(On the Research Training)、セミナー、インターンシップ 等
Web サイト :http://www.mtrc.t.u-tokyo.ac.jp