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ExOne創立20周年記念式典
株式会社ExOne(エクスワン:代表取締役 横山謙次)は設立 20 周年を迎え、7月 12 日(土)、横浜市内のホテルで記念式典を開催した。祝賀会は管理部の矢野誠部長の開会宣言で始まった。
横山社長とは共通の知人紹介で、創業間もないころからお付き合いをさせていただいている。自宅からクルマで 20 分ほどの距離だということと砂を使った3Dプリンタのユニークさから注目している。3Dプリンタは複雑な形状を作り出すことで知られていて、中子の扱いが難しい自動車の鋳物には有利だろうと思っていたが、知り合ったときには既に全ての自動車メーカーには納入実績があった。展示会への参加も「しっかりした方針もなく、惰性では出展しない」との横山社長の方針で、JIMTOFにも確か1回しか出展していない。そんなExOneの創立 20 周年を取材した。
宣言を受けて登壇した横山謙次代表取締役は、10 年前はお客様をお招きできる環境ではなく社内で内輪で行った。だが 20 年目の今年はこうしてお客様をお招きすることができた、と万感の思いを込めて語った。そしてこの 20 年の事業展開の概略を簡単に紹介した。
横山謙次代表取締役社長の挨拶
私はこういう挨拶は得意ではないのでニヤニヤしながら見ている人がいます(笑)。緊張しているのですが、20 年ということで頑張ってお話しします。
今日の天気はあまり良くないのですが気温のほうは上がらなかったので良かったと思っています。今日は 20 年と言うことで、お世話になった方、私がお呼びしたいと思った方々にお声がけさせていただきました。久しぶりにお会いする方もいらっしゃいます。大勢の方にご参加いただき圧倒されています。準備はしてきたのですが不手際がありましたらお許しください。
20 年前というと当時私は 28 歳でした。エクスツルードホーンという会社で3Dプリンタを使い金属と砂と両方でやっていて、ExOneから声をかけられたとき、技術者としては面白い技術だな、と思っていた。しかしこれ使い物になるのかな、と心配もしていました。ただ当時はまだ若かったので、とりあえずチャレンジして、正直に言いますが「ダメならダメで仕方ない」と思って始めました。
具体的なお名前は控えますが、当時は、とりあえず「中子」を作ってみようか、というお客様がいて、最初の1、2年は、そのようなお客様のために仕事をしていました。そこから最初に『S-Print』という小型の装置が開発されてお客様に使っていただいた。そういうところから装置販売が始まった。大型の『S-15』という、いまの『S-Max』の前の装置が 2010 年に初号機が入り、2011 年に2台目が入った。当初は、大型機の設置は初めてだったし、なかなかスピードも遅くて苦労した。当時、鋳造と言うことでは素人で、最初に鋳造協会の春季大会が名古屋であって、たしか 2006 年か7年だったと思うが、鋳造協会の方にウチの技術が面白いから発表しなよ、とお誘いいただいた。10 人か 20 人のところで発表するのかと思ったら凄い人数の人が来ていて、皆さん鋳造のプロなのに鋳造の素人が『3Dプリンタ』の話をするのか、と凄く緊張して手が汗でびっしょりだった思い出があります。そういうところから鋳造メーカーさんに名前を少しずつ知っていただいたという、いまとなっては良い思い出があります。
私が代表に就任させていただいたのが 2008 年になるのですが、経営というのが判らずに1度、退任させていただきました。そのあと再任と言う形で復帰して、思い返してみれば 17 年に渡りやっていることになります。少し感慨深い気はします。
それから徐々に徐々に中子を作りながらやらせて頂き、徐々に徐々に装置を販売して売り上げが上がって良い状態になってきたなと思っていた時に新型コロナがやってきました。皆さんも大変だったでしょうが、我々も工場がシーンとして大丈夫かな、と思っていました。その後に本社の体制が変わりまして、一時期正常に機能していないときがありました。その間、我々としては本社に聞いても埒が明かないので独自の判断でいろいろなことを進めていきました。それをチャンスとして、その頃から経営がうまく回るようになりました。ちょうどお客様からも具体的な要望が数多く寄せられ、それらの課題をひとつ一つ解決していく中で、技術力も上がり、我々の力もついてきました。
20 周年を迎えることができたのは、そうした我々を支えて下さった本日ご参加されている皆様、残念ながら本日は参加できなかったお客様、そして私と共に会社を支えてくれた従業員の皆さんのおかげです。今後もなんとか頑張って、難しいことも相談できる人もおりますので、30 周年を迎えられるように頑張ります。
株式会社木村鋳造所・木村寿利・代表取締役の祝辞
創立 20 周年おめでとうございます。参列されているユーザーの皆様にも日頃のご愛顧に感謝します。私は 2011 年2月2日に社長に就任しました。その後の 14 年間は3Dプリンタ無くして語れないほど、その素晴らしさに気がつかされた毎日です。新しい技術を模索していた時にExOneさんと出会い、地域イノベーションのプログラムとして取り組んだのが始まりでした。2011 年9月に『S-15』を導入し鋳型の研究を開始して、2012 年に成功し、経産省からもビジネス展開を後押しされた。2013 年正月の米国オバマ大統領の「一般教書演説」で、米国は3Dプリンタで製造業を復活させる、とのコメントがあり、センセーショナルな転換点を迎えた。問い合わせが増え、4年間続けて機械を導入しました。米国工場でも使っている。将来に向けて、投資もするのでExOneさんの協力もお願いする。まだ道半ばだが一段となって邁進していきたい。
ASKケミカルズジャパン株式会社・南波洋代表取締役社長の祝辞
(参加者に向かって)皆さん、後ろのほうにいると暗い感じだから、前のほうに出てきてカメラを持っている人も前に来て写真撮ってください(と、すでに聴衆を飲んでいる)。
横山社長から、何度も何度も「挨拶は3分から5分以内で」と言われたので、これは何かやらなければいけないと考えました。
また私が出張中に、ウチの社員が出席の返事を出すときに、「挨拶を楽しみにしてください」と書いたので、普段はアドリブで済ますのですが、挨拶のための“巻紙”をアマゾンから消費税込み¥ 2,170 -で購入して、原稿を書いてきたのでそれを読みます。
横山社長とは年齢も近く、どちらも技術系で冗談を飛ばし合い、お酒も好きで社員からもキャラが被っている、と言われています。二人ともスーツが似合わなくて髭の剃り残し具合もよく似ています。人からも良く似ていると言われるのですが、社員は横山社長を良く褒めるので少し嫌いです。
横山社長との思い出は何と言っても金沢で仕事をしたときで。お客様と夕食を頂いたのです。私は翌日、宇都宮で仕事があるので、帰り支度をしていると「もう一軒行こう」と駅とは反対方向に向かいました。どんどん駅とは反対方向に行くのです。「宇都宮ならタクシーで行けるから」と言われました。で、計算しました。宇都宮まで 410 kmあるので初乗り¥ 233 -でタクシーと高速の深夜割引を使うと¥ 116,700 -になります。「あんたのことだから、深夜タクシーの道中を動画に取りネットで生配信すれば取り返せるだろう」と言うのです。オッサンの深夜のタクシー道中など誰が見るか、と思いながら計算したら 24 万ビュー稼がなければいけない。馬鹿な話で盛り上がります。
ASKケミカルズジャパンは、鋳砂のバインダーで型に命を吹き込んでいます(あっ、いま良いことを言った)。今年、わが社は 15 周年です。あと5年でわが社も 20 周年になります。その時は横山社長が、お祝いのスピーチをして下さい。
錦正工業株式会社・永森久之代表取締役の乾杯の発声
横山社長は栃木出身で、私と同郷です。横谷社長の実家に泊まったことのあるのはこの中で私だけだと思う。宇都宮での仕事が遅くなり「ウチに泊っていく?」と誘われて、お言葉に甘えて翌朝、お母様の美味しい朝食をごちそうになって帰りました。そんなご縁があって乾杯の音頭を取らせていただきます。


多くの来賓が挨拶を述べたが、お開き近くでドイツ本社から来日したManaging Director のEric Baderがお礼の挨拶に立った。
ExOne Gmbhから来日したManaging Directorの Eric Baderのお礼の挨拶
本日は 20 周年記念式典に参加していただきありごとうございます。
これまでの歩みを振り返るとともに未来に向けて希望と決意を新たにしました。
私たちのこれまでの歩みに寄り添い、厚い信頼と支援を賜り、お客様、ビジネスパートナーの皆様に深く感謝申し上げます。皆様のご愛顧こそが私たちの励みであり、さらなる成長への原動力です。
これまでの成果に誇りを持ちつつ、現状に甘えることなく、新たな信頼や好機に対して積極的かつ紳士に取り組んでいく所存です。
ExOneグループ全体としても近い将来、お客様の生産性と競争力を一層高める画期的な開発を発表できる見込みです。ご期待ください。
未来に向けて持続可能な成長を実現できるよう、これからも変わらぬご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
式典はCS部 桜田英伸部長の閉会の挨拶と一本締めでお開きとなった。

