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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

ことラボ・レポート

ロボットブームを本物にする時代

2025 年 10 月 29 日

 前回(10 月 15 日)の更新で「《iREX2025》開催の記者会見」を伝えたが、“ロボット”に関しての思いを整理する必要を感じた。その記者会見の質疑応答の時間にユニークな質問がでた。
 それに対して《iREX2025》の運営委員会の小川委員長が回答したが、ロボット産業が直面している課題に率直に向き合った答弁が披露された。その回答は“近年のロボットを取り巻く環境の急変”に戸惑っている産業界に一つの指針を提供してくれたので、それを紹介したい。
 その前提として“ロボット”を巡る周辺環境の変化を振り返りたい。
 「鉄腕アトム」「鉄人28号」「ロボット三等兵」など、子供時代に親しんだ経験を持つ日本人は多い。その頃のロボットは“非現実的”で子供たちの夢の話だった。それが現実社会に参加したのは「ロボット元年」と言われた 1980 年のこと。それはアトムのような人型ロボットではなく、数本の円筒がつながった「多関節ロボット」だった。人の形をしていないことに軽いショックを感じたことを覚えている。その時登場したのは、土台にしっかり固定され関節部で繋がれた2本の円筒が先端に仕事をする“ロボットハンド”を持ち、各連結部が自由度を持って駆動する。ロボットハンドには溶接ガンが接続され、自動車製造ラインの溶接部門に大量に導入された。ベテランのオペレータが、溶接個所を具体的に指示すると、その場所を記憶して、何度でも正確に高速で溶接作業を繰り返す。大量の火花が飛び散るなかをロボットはものともせずに作業を進める。これは塗装作業でも同様だ。つまり火花や薬剤が飛び散るような人体に危険な環境で人に替わって、いやそれ以上の効率で作業できる衝撃は、何度もニュース報道で流された。
 それを遡ること約 10 年、1971 年にロボット工業会を設立するための任意団体が発足した。翌 1972 年に任意団体として設立され、1973 年に社団法人日本産業用ロボット工業会がスタートした。ロボットに対する親和性の高い日本人は現場に投入されたロボットに「太郎君」や「花子さん」などと名前を付けてひとつの“人格”を付与した。しかし“唯一絶対の創造主”のもとに社会を構築した欧米先進国では、ロボットは単なる道具のひとつだった。それまでのことだが、生産性は大きく異なった。1980 年代の、日本の製造業の躍進を裏付ける物語のひとつだ。
 ここで「ロボット」とは何か?の問題が持ち上がった。工作機械の展示会、測定機器の展示会、半導体の展示会は、展示製品の守備範囲はおのずと決まっている。しかしロボットは、それに対比するのは人だ。「ロボット展」は「ニンゲン展」にも比較される、広い守備範囲を持っている。
 1994 年 には“産業用”が外れて「日本ロボット工業会」に名称を変更した。初めは大学の研究室が「動く」ことに焦点を当てた意欲的な“ロボット”を展示した。それを朝のニュースで紹介する戦略が奏功して来場者が急増した。すると来場者は、主要な展示ロボットにはわき目も降らずに会場奥に出展しているベンチャー展示に殺到した。この当時、井村健輔会長(2006 年~ 2008 年)から「来場者が産業用ロボットに無関心でベンチャー企業に集まっていて会員企業から不満が出ていて困っている」と聞いた。その時は、主催者が担当する小間の基礎装飾を色分けするとかの“努力の跡”を見せることを進言したが、実現はしなかった。
 人手不足や自動化ニーズ、生産性向上など、現代の産業界の抱える課題は多い。一方で、守備範囲の広い“ロボット”をどのように扱うのか、“ロボット”をタイトルにつけた展示会も増えている。これから、国際ロボット展(iREX)が盛んになればなるほど、まとめるのは困難になる。他方でAIなど新たな技術が登場して、このままでは収拾がつかなくなるのではないか、と思っていた矢先に「個人的な意見だが」との前提だが、小川委員長のコメントは聞くべき内容のあるコメントだった。ここで紹介する。

“ロボット”について熱く語る小川委員長

記者からの質問の趣旨:
「日本のモノづくりはピークアウトしたのではないか。どのブースを見ても似たようなものばかり。哲学として、ロボット工業はどのような方向に向かっているのか。これまでの、ヒトのかたちをしたロボットは必要ない。機能があればそれで良い、という哲学だったと思う。日本のロボット業界はどの方向に向かっているのか?」
小川委員長の回答:
「(以下は工業会ではなくて安川の立場感で話します)当初、機能が成立すればカタチはいらないと考えたのは正しかったと思う。大量生産という観点からは、ヒトに似ているのがロボットなんだ、ということではなくて、必要な機能をキチンと実行する、という点では、大量生産には貢献した。その領域は、今後も変わらないと思う。ただし昨今は何に対してロボットを活用するか、を追求していく中で“変種変量”という要件は絶対に捨ててはならない。もののあり方とかものの考え方というのが多様性を持ち、動作能力も含めて判断力とか認識力も含めて、いわゆる「繰り返しを精度」よくする、という用件だけでは満足できないものに需要が広がって行っている。これをブレークスルーするのが今回にもあるように“AI”なのだと思う。だから、マニュピレーションとAIがコトの達成に必要になると思っている。大いなる可能性の中で進化して行っていると思っている。だからヒューマノイドといっても形だけでは意味がない、と思うが、多様化というマニュピレーションを実現するのに、ひとつのアイデアとしては人間社会に入ってくる、という前提で言うと、人間の動作能力というある程度の補完と、ある意味合理的な話だろうと思っている。ただしマニュピレーションの繰り返し精度とか繰り返し速度というのは経験済みだし、これは全世界でも同じだ。技術領域はいろいろと断片的に出てきているが、実は実用化という面においてはグローバルに見てほとんど実績はない、というのが本当のところだ。しかしデマンドはそちらの方向に必然性のように広がっていく。それを繋ぐのがAIによるブレークスルーなのではないか、というのが一つの考え方。同時にマニュピレーションの“動作多様性”というのも必要になっていく。なので、現在あるような6軸の多関節ロボットというのがマジョリテイをなすわけだが、それだけでは用をなさない。マニュピレータの進化と判断力の多様性、これがハイブリッドに進化して実効性を高めていく、というのがこれからの方向性かなと思う。ではその需要はどこにあるのか、と考えると、議論のネタとしては山ほどある。あとは、その需要を抱えている“マーケット”とマッチングしたときに非常に大きく拡大していくという可能性がある。」

 《iREX2025》は、ロボットブームを本物にする時代の始まりになる。