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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・レポート

ことラボ・レポート

「作ること」から「使うこと」へ

2024 年 08 月 21 日

工作機械を巡る世界

 日本には数多くの「工業会」があり、その多くは経済産業省が管轄している。90 年代初頭に日本の稲作が不作となりタイからお米を輸入するか、当時の農林省で議論していた頃、クラッチを製造しているある企業から、タイ米の輸入の見通しを霞が関で探って欲しい、とリクエストがあった。クラッチ・メーカーが稲作の不作とどんな関係があるのか問うと「煎餅を作るのにそのもとになるお餅を機械でつくのだが、タイ米だと粘りが違い、餅つき機に使っているクラッチを交換しないといけなくなる」とのことだった。さてどのルートを辿ればよいか困った。それまで培った人脈を総動員したが明快な回答に辿り着かなかった。必死の思いで調べると『全国米菓工業組合』というのがあった。聞くと「輸入米を使う予定はない」と、さらに米菓用の米は、別途契約農家との関係で、豊作・凶作に左右されない、との返事だった。国の管理の網は細かい!意味は違うが「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉が頭をよぎった。
 さて工作機械を囲む産業界である。工作機械をコアにして考えてみると、最大のイベントである日本国際工作機械見本市(JIMTOF)に参加する関連団体が頭に浮かぶ。(一社)日本工作機械工業会、(一社)日本鍛圧機械工業会、(一社)日本工作機器工業会、日本精密機械工業会、(一社)日本機械工具工業会、日本精密測定機器工業会、研削砥石工業会、ダイヤモンド工業協会、日本光学測定機工業会、(一社)日本フルードパワー工業会、(一社)日本試験機工業会、(一社)日本歯車工業会、日本工作機械輸入協会と 13 団体。そのうちフルードパワー工業会は油圧機器工業会と空圧機器工業会が 1986 年に合併した。機械工具工業会は日本工具工業会と超硬工具協会が 2015 年に合併した。JIMTOF関連団体はかつて 15 団体もあった。
 日本では工作機械展といえばJIMTOFで、欧州のEMO、米国のIMTS、さらに近年では北京で開催されるCIMTをいれて「3大ショー」とか「4大ショー」などと自称しているが、多分、世界では相手にしていない。開催規模が比べ物にならないからだ。1995 年のミラノEMO会場で翌年に開催する《JIMTOF1996》のPRで日工会が記者会見を開いた。翌年完成する『東京ビッグサイト』の説明に力が入っていた。すると私のすぐ後ろの記者から「そんなに立派な展示場ができたのなら東京でもEMO展を開いたらどうか」と質問が出た。私は思わず後ろを振り返った彼の顔を見たが、真剣な表情だった。EMOとはフランス語でExposition Mondiale de la Machine-Outilの略だが、私は“Mondiale”が入っていることを知らなかった。EMOとは「工作機械展」をフランス語で表現したのではなく「世界工作機械展」だった。だから日本でも「世界の工作機械展」を開催したらどうか、と呼びかけられたのだ。ひな壇の日本サイドは狐につままれたような顔をして、その場は終わった。

 そんな工作機械を取り囲むガッチリとした世界の中で「あれ?」と思うことがある。
 工作機械は「母なる機械」と呼ばれ、すべての機械の生みの親として、機械加工が実現できる加工精度の原点である。それを作るのは時間と根気の賜物と言えるだろう。
 しかし同時に、産業技術が提供しなければならない成果物=製品を安く大量の供給しなければならない。「工作機械」と一口に言っても“母なる機械=マザーマシン”と“生産機械=プロダクションマシン”に分けて考えるべきではないか。「母なる機械」は精度の原点だから、剛性が高く耐久性があり経年変化で劣化が進んでも、摺動面を修復して、場合によっては制御装置を更新・追加すればレトロフィット機として蘇る。しかし一方で、技術の進化が早く、半導体などの要素部品は日進月歩以上の速さで進化している現代では、何十年も変わらない原理で加工するのは間尺に合わない、と考える人もいる。生産機械は寿命が来たらさっさと最新のものに入れ替える。こうした工作機械のライフサイクルを明確にするほうが、税制や安全保障などの環境整備をしやすいと考える。

ビンテージ調査をめぐる迷走

 手元にあるのは 2019 年6月 28 日版「生産設備保有期間実態調査」(日本機械工業連合会編)だが、これはいわゆる「生産設備ビンテージ調査」というものだ。そこには以前、1994 年と 2013 年に同様の調査が行われたことが明記されている。もともと新しい技術が登場し生産性が向上しているのに、上記のように“母なる機械”として、大事に使われている設備のために買い替えが進まない。いったいユーザーは何年くらい使い続けるのだろう、と調査したところ日工会会員企業の設備が古い機械ばかりだった、という笑い話がある。この「ビンテージ調査」というのは不思議なもので、調査が終わると毎回「これが最後」と言われる。たしかに毎年行うような調査ではないが、ルールはあったほうが良い。私は、2013 年のときに少しかかわりを持ったが、そのときも「これが最後」と言われた。行政が単年度の予算の中で行われる、という原則に縛られると、長期的な産業政策は立てられない。ユーザーの設備の寿命を調査して、(明言はされていないが、)新製品の販売促進に協力する、というとき、忘れられていることがあるのではないか。

半額補助

 “新製品”が売れるように国を挙げて努力されていることには頭が下がるが、オーバーホールやレトロフットで「蘇る設備」があることが、この調査では忘れられている。新しい技術が生まれ、既存の設備と入れ替えれば、産業界は回っていく、と考えているのだろう。しかし「母なる機械」は、消耗した部品や部分を再生すれば復活する。汎用機をNC化すれば、さらに寿命が延びる。
 国の補助で、導入すれば生産性が向上するなら購入価格の半額を援助する、というものがある。新品なら1億円もするドイツの研削盤をオーバーホールしたいという商談があった。見積もると 7,000 万円の仕事だ。しかし、この制度を使うと 5,000 万円で新品が買える。するとユーザーは新品を購入することになる。この産業政策は間違いではないか? ユーザーも輸入商社も“商売”にはなった。しかしSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれている時代に、消費優先の産業政策を展開している。なぜこのようなことになるのか? 実は最初に取り上げた各工業会などの関連団体の中にレトロフィットを管轄する団体がない。修理業というのであれば日々使われている工具(切削工具)も、数ある工具再研磨業を管轄する役所も団体もない。すると圧力に弱い官庁は、レトロフィットも工具再研磨業も行政の視野から外れてしまう。「作ること」も大切だが、「使うこと」にも焦点を当てるべきだ。早く軌道修正をして欲しい。

蘇る名機 SIPジグボーラ6A型

 一口にレトロフィットと言われても、その効果を実感する機会はすくない。スイスのSIP社のジグボーラがレトロフィットされて蘇った記録だ。<資料提供:安藤機械工業>

Before

After