岩波徹の視点
英国滞在記②
日本のことすら「よく知っている」と胸を張っては言えない。ましてや初めての海外生活は判らないことばかりだ。しかし昨年、姪っ子の長男が航空機の訓練を受けていた徳島に、姪っ子家族などと訪れた。その途中に姫路や竜野にも寄った。気心の知れた身内の小旅行だったので神社などをゆっくりお参りできた。そのとき西日本の神社に漂う霊気に胸を打たれた。それまでも神社・仏閣を訪ねていたが、何らかの集団の一員としての行動だったので集中力を欠いていたのだろう。このときはそれこそ、心行くまで霊気を堪能した。東日本の神社が待つ整った冷厳あらたかさに比べると“神様”の息遣いを感じられる西日本の神社の佇まいに感動した。それ以来“日本を知る”とは何かについて心を研ぎ澄ましている。今年の春は小雨の中、福島県の『三春の滝桜』を見てきた。
訳あって英国に来て一週間経過したが思うところは多い。訪問の前提として、人生において英国とのかかわりを振り返り2つの文学作品を思い出した。トーマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』とサマセット・モームの『人間の絆』だ。前者では英国社会における“身分”に苦しむ人々の悲劇に衝撃を受けた。ロマン・ポランスキー監督が女優ナスターシャ・キンスキーをテスにして映画にもなった。美しいがゆえに男たちの身勝手さに振り回されたテスが可哀そうでならなかった。後者では主人公フィリップが一時、画家を目指してパリに留学する。スペインから来ていたピカソなども出てきて面白かった。主人公は、自分の才能について美術学校に教師に相談する。彼の作品をみて教師は「努力してもせいぜい肖像画書きくらいで食べていくのが関の山だ」と言う。「未来ある若者になんてひどいことを言うんだ」と怒るが教師は「未来ある、いま言われたことに感謝しろ。私には言ってくれる人がいなかった」と言われ、画家への道を断念した。どちらも明るく痛快とは程遠い作品で、英国のイメージは硬くて暗い、そんな経験で乗り込んだ英国のイメージは、しかし、大きく変わった。

大英博物館 Photo: iStock.com/Wirestock
訪問3日目に最初の取材目的地『大英博物館』に行った。著作権の関係で撮影した写真は使えないが、展示されているものはすべて“大英帝国”が外国から奪い取ってきたものだ(一部、寄贈されたものもある)。東京上野にある『国立科学博物館』が、私が知っている博物館で一番大きいと思う。大英帝国の博物館ならさぞやスケールも大きいだろうと思ったが期待外れだった。上野には国内最初の旋盤(池貝工場製)があったので、産業革命本家本元の博物館だから、と決めつけていたが展示物は、大英帝国が支配地から奪い取ってきものばかりだった。日本で中国、朝鮮、台湾から奪ってきた宝物を『大東亜博物館』を建てて展示していたらどうだったか?いまの政治上よりももっと激しい対立を生んでいただろう。英国はなぜこのようなことをしているのか。さてガイドブックによる展示物の分類を援用すると、
「アフリカ」「南北アメリカ」「古代エジプト」「古代ギリシャとローマ」「アジア」「ヨーロッパ」「中東」
の7つのセクションに分けられている。古代エジプトの『ロゼッタストーン』が人気で、ガラスケースに入った1mを超える黒い石の周りに人だかりができていた。ロゼッタストーンは、神聖文字(ヒエログリフ)、民衆文字(デモティック)、ギリシァ文字で同じ内容が書かれているので、古代エジプトの象形文字の解読に役に立ったことで知られている。様々な展示物があるが“人だかり”ができているのはここだけだった。いまここにある展示物を取り返そうとする国が増えてきている、という。力による現状変更は許さない、と言われるが“現状”ではなく、国力を自慢するようなあり方は変えたほうが英国のためにもなると思った。
入場の際に入り口で手荷物チェックはあるが入場料はなしで、観光客ばかりか地元民も大勢来ていた。日本でも“ミロのビーナス”や“モナリザ”が展示されたとき上野の美術館の前には長い行列ができていたがあれは一時のブームだった。いまでも話題を呼ぶ企画があると行列はできるが、大英博物館ほどの賑わいはない。

大英博物館周辺の住宅街
上野の科学博物館のイメージで訪問したが、ここは英国が植民地から奪い取ってきたものだけが展示されている。それを成り立たせているのは英国の尊大な奢りではないか?物の帰属を決めるのに時間軸をどこまで遡るのかは政治的な判断も加味されるが、奪われた側の心情に思い至れば世の中は平和になると思うのだが…。突然だがここで佐々木譲作『ベルリン飛行指令』という痛快な小説に出てくるエピソードを紹介する。
話は前回も触れた“バトル・オブ・ブリテン”でドイツの戦闘機メッサーシュミットは航続距離が短くて、ロンドン上空で20分くらいしか爆撃機を援護できない。そのことに業を煮やしたヒトラーが、遠く中国・重慶の爆撃に護衛についた日本軍の新鋭戦闘機“ゼロ戦”の噂を耳にして、三国同盟のよしみで ドイツでも作ろうと考えたことから始まる。そして二機のゼロ戦が英国の支配しているインドや中東経由でドイツに向かったという話だ。途中インドで英国支配に抵抗しているマハラジャの世話になるが、そこには英国人の家庭教師がマハラジャの娘の家庭教師をしていた。その男は、本当は英国のスパイでそのマハラジャを監視していた。そこに日本人が最新の戦闘機に乗ってやってきたことで早速、本国に無線を打つが、マハラジャに捉えられる。ヘイウッドというその男とマハラジャのガシュ・シンとのやり取り。
ヘイウッド「私にこんなことをして済むと思うのか。せっかく野蛮人に文明を教えてあげているのに」
ガシュ・シン「文明を教えているだと。文明の何たるかは私が娘に教える」
ヘイウッド「そんなことができるならどうして英国に負けたのだ」
ガシュ・シン「お前たちが野蛮すぎたからだ。お前たちの先祖が洞窟の奥で狼の遠吠えに怯えていたときに我々は上水道を持っていた。お前たちが両手の指の数しか数えられなかったときにわれわれはゼロを考え出していたのだ」
このやり取りを読んだとき、産業革命で人類を前進させた英国に対する尊敬の念が薄れていったことを覚えている。今回の英国行に先立って周囲の人には「人類史上で一番悪いことをした国は“殺しつくし、奪いつくす”モンゴル帝国でも、“ユダヤ人絶滅計画”のナチスドイツでもない。インドを支配し、アヘン戦争で中国を追い詰めて、バルフォア外相の三枚舌外交で21世紀の現在でも 中東に禍根を残し続けている英国ではないか」と話してきた。なにしろインドと中国という人口の多い国を苦しめたのだからたちが悪い。しかし聞くと見るとは大違い。ナチスドイツに出てくる面々には“悪い奴”をあげつらうことができた。しかしバルフォア外相は多面的な人で、首相時代には対ロシア政策で日英同盟を推進してくれた。日露戦争での大恩人だ。哲学者でもあった彼は、あの数理哲学者バートランド・ラッセルのイメージと重なってきた。もっと勉強しないと有益な情報は提供できないと反省している。
英国の「悪さ」は、産業革命の成果で身に余るエネルギーを持ってしまったことの行きつく先だったのか。欲の皮の突っ張ったなれの果てが“陽の沈まない大英帝国”だったので、その余禄が大英博物館なのだろう。ほかならぬ人間の社会だから「欲と得」の利害計算が先立つ。農産物や海産物で商売するよりも、工場で付加価値の高い製品を作ったほうが大きく稼げる。高価な設備を作るための資金を調達する金融機関があれば便利だと利用が進む。すると金を貸すだけで食べていける金融市場が生まれ、それが巨大になれば投資先をあれこれと物色しているだけで国を運用できる。産業革命でスタートした国家間競争で、英国はいまこの最後の段階に来ている。この国が誇っているのは、旋盤の加工精度がミクロン単位になったことではない。手に入れた豊かさをどのように振り分ければ国が成り立っていくかを考えればよい段階に到達したのだろう。「シティ」と呼ばれる金融センターは米国のウォルストリートと並び世界の金融市場に君臨している。ということは、製造立国だ、と言っているのは発育不全ということになるのか? 我々の総理大臣は「世界の真ん中で咲き誇」りたいようだが、資本主義社会の進化を考えると、日本は発育不全で出る幕はなさそうだ。
しかし、世界からの日本の評価が高いのは、アニメもさることながら日本製工業製品の品質の高さによるだろう。知人の奥様が、米国育ちの日系女性のため、日本の湿気が苦手で梅雨時から初秋までは米国で生活している。地域のコミュニティに参加しているがクルマのディーラが多いという。彼らのクルマは取り扱いの商品だが、奥さんの愛車は全員、日本車だと聞いて嬉しくなった。
公害とナショナル・トラスト
世界に誇るべき日本の製造技術だが、工業社会が進化したときにセットになって生まれてきたのが「公害」だ。日本では足尾銅山事件が有名だが、1960年代後半から「水俣病」「新潟水俣病」「四日市ぜんそく」「イタイイタイ病」などが大きく取り上げられるようになった。光化学スモッグのように“犯人”が特定できない公害はともかく、企業の経済活動の結果で生じたものを“公”害と呼ぶのは釈然としない。
それはさておき、英国における石炭の利用は産業革命以前の14世紀には始まっていたという。それに加えて産業革命だから、英国ひいては西欧社会の環境破壊は日本の比ではない。産業革命期には蒸気機関や工場、鉄道の動力源として大量に石炭が消費された。北部の工業都市では、空が黒い煙で覆われ健康被害や日照不足などの都市型公害も深刻さを増していた。環境対策に対しては欧州、特にドイツが厳しいルールを定めているといわれるが、フランスも英国も同類の歴史を持っている。クルマの塗装が酸性雨で溶けたとか北海のアザラシが何万頭も死んだとかのニュースは1970年代から始まっていた。そうした“ヒトの業”で環境を悪化させたのは「産業革命」の原罪だろう。その反対給付として手に入れた世界の富を誇らしく展示しているのが大英博物館なのだと思う。
「公害問題」といえば英国は本家本元だ。産業革命期の英国では、蒸気機関がフル活動していて大気汚染など当たり前。紳士服のカフス(手首)やカラー(襟)が着脱可能なのは、煤で汚れやすいところだけ簡単に交換できるように考案されたものだ。その大気汚染のために英国では1956年に『大気浄化法(Clean Air Act)』が制定され、煙の排出禁止地区が定められ、一般家庭の暖炉の電化が進んだ。その前提として1952年12月に『ロンドンスモッグ事件』があった。気象条件(濃霧)に加え、暖房などで使用されていた石炭の煤煙や亜硫酸ガス(二酸化硫黄)が地表付近に停滞したために、呼吸器疾患などで約12,000人が犠牲となった。
そんな思いを抱いていたら『ナショナル・トラスト』という言葉を思い出した。1970年代に英国から伝わってきた言葉だ。貴重な自然や歴史的建造物を開発から守り、国民の財産として後世に残すために設立されたボランティア・保全団体、さらにその活動や理念のことを表す言葉だ。集めた資金でその“財産”を買い取り、それに相応しい手当をしようと考える。私有財産を尊重する資本主義社会ではたとえ空き家であっても公権力や他人が勝手に処分はできない。しかし、管理維持することを放棄された家屋が、我が自宅のある藤沢市辻堂の町にもたくさん出始めている。私たちはそろそろ“21世紀の公共性”について真剣に考えないといけない。
憲法のゼミでドイツの学者ハバーマスの『公共性の構造転換』をテキストにしていたのに“公共”というものの感性・概念の貧弱だった私は、国民の貴重な資産をボランティアで守る、というナショナル・トラスト運動に驚いた。私自身が“公共性”について全く理解していなかったのだ。
ナショナル・トラストの歴史は古く、1895年に3人の市民によって設立された。現在では500カ所以上の歴史的邸宅、庭園、広大な海岸線や田園地帯を管理している。日本にも日本ナショナル・トラスがあるが、日本人の国民性からか、力強い活動の知らせは届いていない。
映画『ET』の中で、郊外の住宅街で芝刈りをしている男性が出ていた。自分の庭なのだから雑草が生えていようが“私の勝手”だと思うのだが、あちらの社会ではそうではない。自分の財産であっても、公共のために美しくしなければならない。芝生だけでなく、ドアも窓も美しく、と考えるのが彼らの公共性の考え方だ。日本の家屋では、見られることを意識しているケースはまれだ。「俺の家だからあれこれ言われる筋合いではない」と考えられている。この公共性の低さが残念な結果を生むことがある。
1980年代は日本の工業製品、なかでもクルマが米国に洪水のように輸出された時代だった。そして欧米諸国から“特許侵害”で訴えられることが増えていた。欧米諸国の特許にただ乗りしている、と責められた。そのような状況で東大工学部長(のち学長)の吉川弘之教授は「物理や化学には原理や公理が人類共通の財産になっている。しかし工学の世界にはそのようなものがない。いまこそ人類のために工学の共通財産を作ろう。日本は生産技術を出す。欧州はメカニカル技術を、米国はソフトウェアを出してほしい」と呼び掛けて『IMS(Intelligent Manufacturing System)次世代知的生産システム』が1980年代後半にスタートした。東京赤坂にIMSセンターを設け、欧米諸国の先端企業も参加して多くの研究開発が進んだ。しかしやがて、理念を具体化する技術の壁にあたったときIMSセンターはドイツに移されてしまった。経産省が予算を組まなくなったからだ。関係者によると、理念を実現するデバイスが当時の技術ではできなかったのだから仕方がない、という。しかしそれからほどなく、ドイツが提唱したのがインダストリ4.0だった。あの時の日本側の反応は「ドイツにやられてしまった」というものだが、元IMSセンターのスタッフに言わせれば「もう少し経産省が技術に詳しくて、大局的に見る目があったなら」というものだった。しかしここで知って欲しいのは、日本社会の公共性の低さだ。企業は採算性を重視するのはもちろんだが、目先の決算ばかりを気にするあまり現在地での位置づけの重要性を配慮していないのではないか。
経済産業省はほぼすべての産業を統括している。しかし構成員の多くは文系エリートだ。米国の大統領には科学と技術をアドバイスするスタッフが常駐して大統領に最新情報を進言しているが、日本政府には常駐の組織はない。産業界を見ている経済産業省の下に工業会がありその下は会員である企業群だ。
すでに主な登場人物は物故されているが印象的なエピソードがある。日本工作機械工業会の懇親会が終わったとき、当時の会長・手島五郎さんに呼び止められた。「君はセイコー精機の守友社長と懇意らしいね。今度、牧野二郎さんが副会長になるので技術委員長を降りるのだ。すると委員の中に工学系出身者が誰もいなくなる。だから(東工大出身の)守友さんに来年の理事選挙に立候補してもらいたいのだが、説得してもらいたい」とのこと。日工会の幹部が工学系よりも文系トップが多いことを初めて知った。かくいう手島会長も京都大学・経済学部の出身で、統計学を駆使して会社の業績を向上させた人だった。
「工作機械」という“機械工学の権化”のような世界で文系が幅を利かせていることに驚く人はどれほどいるだろうか。毎日新聞社が連載をまとめて書籍化した本に『理系白書』(講談社文庫)がある。話は1960年代に東京郊外(多摩地方)が開発された『多摩ニュータウン』に住んでいた理系公務員が、マイカー時代を迎えた“ニュータウン”の駐車場を拡張するために近隣の森林を伐採するというところから始まる。反対のために立ち上がった彼が仲間を募ろうと同時期に引っ越してきた仲間に呼びかけたところ、多くがすでに自宅を建てて転出していた。その多くが文系公務員だった、という話だ。
司馬遼太郎は、明治政府は先進国をキャッチアップするために優秀な若者を東大に集め、お雇い外国人の教育を受けさせ、優秀な者を留学させ帰国すると高額で雇い入れていた外国人と入れ替えさせた。先進国から取り入れた新しい制度なり技術を、東大で翻訳して日本中に配信した。司馬遼太郎は、東大を「配電盤」と表現していた。遅れて理系に力を入れたのが京都大学だという。だからノーベル賞は京大が多く、権力を握るのが東大と言われている。
だから経産省がIMSを見限ったのは特に驚くことではない。しかし、世界の製造業に方向性を示したのは、IMSに刺激を受けたドイツだった。もし“公共性”の視点から産業界を見る組織があれば、もう少し大局に立った判断ができたのではないか。返すがえすも残念だ。
これからの日本
いま日本の製造業の将来を心配する人々が周囲に集まっている。少子高齢化は製造業だけの話ではないが、製造業に進むことを母親が嫌がる傾向にある。機械加工の世界に情報技術の支配が進み、そのアルゴリズムが現場の創意工夫を受け付けない。伝統的な工学の仕組みを見直すべきではないかと思うが、多くの先生方は、四力学(機械力学、熱力学、流体力学、材料力学)は絶対だ、とおっしゃる。さらに“理系”と“文系”に分けて考える時代は過去のものだ、という声も聞く。それに拍車をかけて新型コロナによる、これまでの社会に対する根本的な揺さぶりが続いている。
インターネットやWindowsが登場したときに「これで世の中が変わる」と騒がれたが変化は想定の範囲内にとどまった。それは変化が、連絡時間や検索時間の短縮、移動量の減少など物理的な改善の範囲だったからだ。少し前までデジタルエンジニアリングとか見える化と言われていたのは情報の共有化で生産性を上げる試みだった。そこでは解決できない課題が“最終的な判断力”の問題で、それを助けるツールになるかもしれないのがAIだ。生成AIだとかフィジカルAIが登場してきた。冗談に聞こえるかもしれないが私たちの世界は、映画「ターミネーター」の世界と現実の世界の中間点よりもターミネーター側に近づいているのではないか。それは杞憂だという人もいるが、私はそうは思わない。昔、世界の様々な研究者が何を研究しているのかを連載していた新聞の連載があった。若いころで、何年頃かは記憶にない。その中でドイツの研究者が「人の命令に素直に従って幸せになる薬」を開発中と知って驚いたことがある。それを権力者が手に入れたらどのように使うか、考えただけでも恐ろしい。しかし研究者というのは、自分の可能性に、自由に挑戦していくものだ。いまのAI最前線でも、同様の動きがあると思うのが当たり前だ。
そうした事態に直面したときに私たちが乗り越えられるかが目下の課題だが、公共性の意識が低く、タテ社会にどっぷり漬かっている日本人に乗り切れるのか心配だ。難しいことを言っているのではない。福岡県議会の問題。刑事事件の再審手続きの問題。兵庫県知事の問題。頻繁に起こる地方公共団体の知事や市長などのトップの不祥事は“お山の大将”になった日本人が天狗になりどのような行動をとるのかのサンプルが集まっていて考えさせられる。
日本社会の公共性が低いのは、民主主義が根付いていないからだ。民主主義とは権力を監視する仕組みだ。ウォータゲート事件でニクソン大統領は弾劾されてホワイトハウスを去って行った。ロッキード事件で田中角栄は裁判にかけられた。ニクソンは政敵と戦っていたが角栄は賄賂を受け取った。民主主義の原理から言えばニクソンは辞めなくてもよくて角栄は辞めるべきだった。最高権力者の“犯罪”に対する対処の仕方がこれほどまでに違う。それは日本のマスコミが権力を監視するのではなく、タテ社会の呪縛から逃れられていないからだ。いま公共団体のトップの不祥事が問題となっているが、内部告発によるものが増えていることが嬉しい。大災害が起きた時に、自治体の長が行方不明という珍事も多い。災害が発生したときはNHKが自治体の最前線にカメラを据えたらどうだ。行政府が、こんなときこそ出番だ、と張り切るのか“仕事の邪魔だ”と拒否するのか、日本の公共性が試される。製造業を含めた日本社会がこれから直面する諸問題にベストとは言えないがよりよい解決策が見つけられるように取材を続けていきたい。