岩波徹の視点
DX社会の再確認
デジタル時代、DXと言われて久しい。経産省でも政権内でも「DX」という言葉が当たり前のように登場する。しかし人々は“デジタル”という言葉を理解しているのか?
「デジタル」の語源は漢字の「桁」(デジット)に対応する。情報化社会の基礎にあるコンピュータは、現在こそ“量子コンピュータ”などが登場しているが、情報社会の基礎を築いてきたのはノイマン型と呼ばれる“0と1”で情報を処理しているタイプのコンピュータが中心だった。数字だけで情報が構成されているために、人為的ミスを防ぐために、その数字列にある処理をした結果算出された数字を一桁入力する。その場所(桁)を「チェックデジット」と呼んでいた。あの世界は「デジット」や「デジタル」が当たり前に使われる世界だった。
コンピュータをはじめとした電子産業が進化して社会のあらゆる部門で電子機器が利用されるようになり、その勢いは製造現場にも浸透してきた。それは機械本体をコンピュータで制御するCNCやPLCであったり、工場内の設備をつなげて必要な情報をやり取りする通信設備であったりした。またホワイトカラー(頭脳労働)の分野でも設計や製造指示さらに試験までを担当するCAD/CAM/CAE/CATなどが登場した。これらの世界は「FA」とよばれ“ファクトリー・オートメーション”や“フレキシブル・オートメーション”と呼ばれていた。
そして電子機器の普及は、一方でコンピュータの“本丸”ともいえるオフィス世界でも拡大していった。コンピュータはかつては「電子計算機」と呼ばれており企業の経理で活用されていた。さらに上記のCAD(コンピュータ支援デザイン)は図形を扱う製品で、建築設計でも採用され進化していった。その中ではビルなり住宅を設計した場合にその土地の緯度・経度を入力し年月日と時間を指定すると設計した図面上の家屋の室内にどのように太陽の光が差し込むかをシミュレーションできたりする。当然“色付け”も可能になった。オフィスの仕事がコンピュータで処理されていくことをオフィス・オートメーション(OA)と呼ばれていた。こうした図柄を表現する技術はアニメーションに展開され画像のデジタル化が進んだ。
“音”に関しても開発は進んだ。1970 年代に入ると“デジタル録音”という言葉が出てきた。音楽はアナログデータとして録音し、その音の波形を精密にプレスしてレコード盤を作っていた。アナログ時代に別れを告げコンパクトディスク(CD)が登場したのも 1970 年代だった。大学の生協でチェリストの藤原真理さんのデジタル録音の 30 cmアルバムが最初のデジタル体験だ。
製造現場でもオフィスでも、会社でも自宅でも、仕事でも趣味でもあらゆる場面にデジタル技術が利用されるようになった。
ここまで機能が揃うと「コンピュータ全能論」も出てくる。とかく大量データを扱うために処理時間がかかる役所仕事の効率化にはコンピュータが威力を発揮した。あの世界のIBMも、正式な名称は「International Business Machine Corporation」という。もともとは米国の国勢調査のデータ処理を巡ってRCAやバローズ、CDCと争っていた。このテーマはここから先、膨大な情報量を扱わないとならないので本記事ではここに留める。
さて“デジタルの旨み”が必要以上に喧伝された時期があった。1990 年代では「デジタル・エンジニアリング」がエンジニアにとって“金科玉条”のように扱われていた時代だった。私たちは“デジタル”をどのように受け止めているのだろうか。
デジタル社会を迎えるにあたり大きな推進力になったのが、製造現場に潜む“暗黙知”を「見える化」の取り組みである。現場を運用するノウハウをデジタルデータに置き換えると「現場の共有知」となり共通財産になると考えられた。しかし「現場の暗黙知」とは何だろう?製造現場では仕入れた材料に手を加え求められている製品に仕上げる。それが最終製品か上位の工程に送る仕掛品かは関係ない。仕上げなければならない条件を満たさなければならない。そこには作業手順に従いコストと時間に配慮した生産活動を行っている。現場には生産活動に使われる機械設備とそれを動かす際に必要なソフトウェアを駆使して生産活動を行う。俗にハードウェア(機械)とソフトウェア(情報)がものづくりには大事だといわれている。しかし製造現場を取材すると、現場にはこのふたつ(ハードとソフト)以外のもので溢れていた。具体的には切削加工で生じる切りくず(切粉)排除のタイミング、最適な切削油・潤滑油の投入、重い被削材の着脱とトンボを切るときの玉掛の手順、大型被削材の加工手順、数台の加工機を並べて連係プレイで加工する(ラインもの)のときの調整、加工精度確認のための計測のタイミング。さらに組立工程ではボルト締め付けのトルクと締め付けの順番、取り回し時における基準の決め方などなど、現場の運用面が“暗黙知”となっている。ことラボSTIでは、これらすべてを「サードウェア」と呼んでいる。
デジタル化を推進するにあたり、これらを“数値化”することで「見える化」を実現できる、と考えるのは当然の手順だろう。いままでは“現場の経験”が推進役だった。しかし生産効率を上げるには、現場運用のノウハウが属人的なものだと不都合が生じる。それを共有化することで、誰でもが生産活動に寄与できるようにしようというのが「見える化」の目標だった。
さて本稿を書いた動機だが、以下のようなケースをどのように考えるかを問いかけたいからだ。ある工作機械企業Aで設計の中心人物が、ライバル企業Bに転職したことがある。その人物が転職先で力を発揮したら、Aの工作機械の製作技術がすっかりBに移転するのではないか、ということを部外者は心配した。しかしAのスタッフはまるで動じていない。設計者が転職しても設計図が盗まれても、工作機械は特定の人物に依存しているわけではない。製造現場のノウハウ(暗黙知)や製造拠点の土地の品質など、目に見えない要素を含めた総合力でつくるものだからだ。
現場の総合力はデジタル化の対象にできるのか?いま「デジタル化万能」のように思われている風潮に一考を促したい。