岩波徹の視点
三春滝桜
始めて『三春の滝桜』を見てきた。
昨2025年に西日本を小旅行した。身内に徳島の自衛隊航空基地で訓練中の若者がいて、彼の家族が訪問する旅行に便乗した。日本では小学校高学年から、中学校、高校と“修学旅行”として団体旅行を経験する。21世紀になり修学旅行の事情は変化したが、集団で国内の名所旧跡を訪ね歩くのはとてもよい習慣だと思う。
しかし昨年の西日本旅行で気がついたのだが、修学旅行では訪問先の“神髄”には触れることはできない。姫路、淡路島、金刀比羅、徳島と回った。途中にいくつかの神社に寄ったことが貴重な経験になった。関東圏の神社に比べるといずれも歴史があり、ご祭神も多く、ある意味ではゴチャゴチャしていて、それだけエネルギッシュに感じた。
子供の頃の教育のせいか、神頼みとは無縁な人生だったが今回の西日本行では、古事記・日本書紀の世界の深さに入ることが出来た。いま世界中で起きている紛争の多くが“宗教”に由来する。宗教の是非についてコメントできる力は私にはないが、日本社会の中には伝統的宗教として神道由来のもの、仏教由来のもの、キリスト教由来のものがあるが、日本という小さな国でも宗教という人の内心の問題は複雑だ。
昨年の神社訪問経験が大きく影響していると思うのだが、今年の桜前線の情報に心がざわついていた。「日本に生まれてよかった」という思いが心のどこかに芽生えてきたのだと思う。いくつかの桜の名所が候補に出てきた。三春の滝桜、信州高遠、都内の目黒川沿いなどなど、若い頃には桜に心を奪われることなど思いもよらなかったのに。昨年の入院経験も影響したと思うが、この春には桜を見たいと強く思うようになった。迷った挙句に雨のそぼ降る金曜日の早朝に福島県三春市の“滝桜”を見るためにクルマに乗った。
実は東日本大震災の起きた2011年3月11日に先立つ2010年に私は2回にわたり常磐自動車道を北上した。2007年秋の展示会に、翌春ローンチを控えた国産航空機MRJのパネルディスカッションを実施したのを皮切りに航空機分野への取材を進めていた。その延長で、相馬市に取材に行ったのが初めだった。取材を進めているうちに事業所長が午前10時から予定していた会議を「午後いちに変更」と社内連絡をして、午前中一杯時間をくれた。実は相馬に移転する前の同社の客先は“米軍”と“自衛隊”つまり官需だった。しかし防衛予算の見直しやこれから取り組むべき民需を掘り起こすためには、それまでの企業体質を改めなければならない。そこで相馬市に生産設備を集約してそれまでの生産体制をリセットした。そしてコスト管理が厳しい自動車産業からエンジニアを招聘してコスト削減をすすめていた。しかし成果はいまいちと言うのが事業所長の話だった。
一方、知人の自動車産業のエンジニアからは「金曜日に作ったアメ車は買うな」と言われるように品質管理は日本に遥かに及ばないのに、航空機だけはなぜ米国が標準なのか、と素朴な疑問を持つ人がいた。私は相馬の事業所長に「うってつけの人がいる」と進言し、数か月後に彼を連れて相馬を再訪した。どちらも常磐自動車道を北上するときに右手の海側に福島原発が遠望された。まさかその半年後にあのような事態になるとは、考えさせられた。結局、自動車業界と航空機業界のエンジニア対面は、自動車業界のコスト感覚に学ぶことが多かったようだ。
今回、常磐自動車道を走るのはその時以来のことだ。原発事故は重いテーマで科学と技術を取材体制のコアに置く「ことラボSTI」は、継続的に考えていくが、三春の滝桜である。
常磐自動車道をひたすら北上し、いわき市を過ぎて『いわきJCT』から磐越自動車道に入った。 ナビでは『船引三春IC』で降りる指示だったが、ひとつ前の『田村SIC(スマートインターチェンジ)』で降りて地道を走った。大変な人手が言われる“滝桜”なので、渋滞を恐れたのだが天候も味方して道路はすいていた。しかも阿武隈山地に抱かれた家々を見ると、枝垂れ桜が随所に植えられていて“滝桜”への期待が膨らむ。
駐車場にはすんなり入れた。入場料は500円。駐車場から主役の滝桜までは小雨の中の坂道を登る。その道の両脇には多くの出店があり、飲食もできるが桜の苗木を売っていたのが印象的だ。
この雨の中にでも、写真のように多くの人手があった。このとき昨年の西日本旅行で持った印象と繋がった。無宗教だと言う人もいる日本人だが、それは違うのではないか。自然に親しみ、それを恐れ敬う。神道にも通じる“自然教”とでも名付けるべき生活態度が、日本の歴史の中に一本流れているのだと、心の底から思うようになった。