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ー 科学と技術で産業を考える ー

ことラボ・コンテンツ

岩波徹の視点

人財活用の盲点

2025 年 12 月 24 日

 大手製造業で大規模な人員整理の話がポツポツと出ている。「新しいシステムを導入すれば熟練工は不要になる」と、高レベルな自動化システムが開発されている。ニワトリと卵の問題で、自動化が進むから人が不要になるのか、人手不足だから自動化が必要なのか、もう少し深掘りして考えてみる。特に生産技術の関する展示会では“人手不足”が当然の前提で話が進んでいる。「この新製品では従来の熟練工に依存していた工程が完全に自動化されています」という。しかしこれは「熟練工はもういらない」と言っているのと同じだと言うことに思いを巡らせて欲しい。
 義理の兄は大手製造業のエンジニアだった。彼がテクニカルセンタの所長をやっていたとき、その企業は“選択と集中”で、油圧と建機部門を残して多くを売却した。そして職場を無くした 200 名近いエンジニアが義兄のもとに預けられた。義兄と仕事の話などすることはなかったが、そのときはほとほと困ったようで「預けられたのは営業もいない工場もないエンジニアだけの集団だ。お前がいろいろなところを回っているようだがエンジニアリングの仕事もあるだろう。そうしたときに紹介して欲しい」と。
 すると渡りに舟、スイスにある周辺機器メーカーの日本支社長が、こんな話で困っていた。ホンダの狭山工場は、量産体制が宇都宮などに移り、狭山に残る仕事には多様な処理が必要になった。すると現有のマシニングセンタが持つ工具では種類も本数も不足する。工作機械メーカーに相談すると「この機会に新しいMCを」と営業としては当然の反応になる。しかし隣に工具ラックを置いて、MCのツールマガジンとの間にハンドリングロボットを置き、MCのツールマガジンと工具ラックを中継すれば、新しいMCを購入する理由はなくなる。ホンダのエンジニアにとっては容易な問題だと思える。しかし、容易な課題には取り組みたくないのだろう、誰も手を挙げないのだという。この話を義兄にした。そしてホンダ狭山に乗り込んだ。そして見積もりを提出すると高くて驚かれた。が、この話が親会社の耳に入るとエンジニア達に朗報が入った。彼らを国内外の同社工場の設備点検を行うことになった。それは一時的な仕事ではなく、メンテナンス部隊として再編成されたという。義兄の元に預けられた職場を失ったエンジニア達は生き返ったのだ。
 この話を“良かったね”で済まさないで欲しい。義兄の会社は、世界でもトップクラスのメーカーだ。このとき『選択と集中』が大流行で、様々な部門が同業他社に売却されていた。“職を失うエンジニア”の生業にまで気が回らなかったのだろう。
ある団体の 50 周年記念誌の取材で博多に行った。取材を終えて夜の街に出た。すると隣の席の客は台湾から休暇出来ている日本人エンジニア達だった。私が産業メディアの人間だと判ると「記者なら九州まで取材に来い。我々は日本に捨てられ台湾に行った。あそこでは日本語が通じるし我々を“先生、先生”と呼んでくれるんだ」と、日本で味わったリストラに恨みをぶちまけた。
経営者ならその決断の前に、これらの人々の思い、全体を俯瞰する視点を持つべきではなかったのか? 職を失ったエンジニア達の心象や如何ばかりか。細部にわたって次々に新たな技術が開発されていくと、それをフォローすることに追われていく。すると見失ってしまっていることはないか、結論を出す前に見渡して欲しい。これはAIでは教えてくれない。
 ちなみにホンダ側でも「そんなに高いなら」と社内で解決したという。結果オーライの話でした。