岩波徹の視点
日工販の“勇気”を讃える
6月7日に開催された日本工作機械販売協会の総会・記念講演で、軍事をテーマにした講演会が開催された。太平洋戦争に敗戦してから日本では、「戦争」や「軍需」を語ることはタブー視されてきた。むしろ「軍需のない日本で、工作機械の技術をここまで高めた国はほかにない」と若い頃に牧野二郎さんに言われたことが鮮明に頭に残っている。しかし、原島文雄・都立科学技術大学(現・東京都立大学)学長へのインタビューで「20 世紀の前半まで、技術はときの権力に仕えてきた」と言われた時に、工作機械が持つ宿命に思いが駆け巡った。
高校生の頃に、世界史を学ぶのになぜネアンデルタール人から学ばないといけないのか悩んだ。その解決策として目下の世界で起きている紛争をリストアップして、その原因を遡って歴史の時間軸を手繰っていったことがある。すると人類の歴史は、争いの歴史が半分以上だった。つまり「綺麗ごと」では、我々人類の歴史は語れないことを学んだ。
日本人の特性として、論理的であるよりは情緒的だということがよく言われる。論理的=理屈っポイ、といわれて仲間外れにされる。我が国の“戦争”も、「大和魂」や「為せば成る」精神で語られ、大戦末期の“特攻作戦”は、感情論で語られることが多い。しかし、戦争という暴力は、結局物理的な差で決着がついてしまうのは、先の敗戦で学んだことだ。日本人は“平和ボケ”と言われるが、確かに世界は“争い”で溢れている。ボケるまえに、現実社会をもう一度、見直してみようと、というのが、今回の日工販の講演会だった。
米国のノンフィクション作家のジョン・トーランド著「大日本帝国の興亡」(早川書房ハヤカワ文庫NF全5巻他)は長らく絶版だったが 2015 年に新版が発刊された。そこから推測するに、読んだ日本人は多くはなさそうだ。私も最初に読んだ時は、すこしカチンときた。日本人なら誰でも心の底に密かに、あるいは誇りとともに確信している「ゼロ戦」に対するイメージが揺らいだのだ。ゼロ戦と初めて空中戦を展開した米軍パイロットは、そのアクロバチックな動きに戸惑ったが、すぐに対策を建てたというのだ。ゼロ戦は被弾して墜落するときは「天皇陛下から賜った貴重な機を失う」責任感で、戦士は機とともに墜落していったが、米軍はさっさと機を捨ててパラシュートで脱出した。米軍は空中戦が予想される海域にあらかじめ潜水艦を派遣して、上空から降りて来る米兵を回収している。助けられたパイロットは、ゼロ戦と戦った貴重な経験を、基地に戻って同僚と共有した。「あれはチョコマカしているがパワーはない」と。そこで生み出したのが“一撃離脱戦法”だという。奥様が日本人という著者は“白人礼賛者”ではなさそうだ。冷静な資料分析で執筆したと信じている。彼は本作で 1971 年にピュリッツァー賞を受賞している。彼の著作と、日工販記念講演会の講師・小川和久氏の姿勢は共通していた。客観的なデータに基づいて判断しよう、という姿勢は、いまの日本に欠けている。世界情勢は複雑で予断を許さない状況だ。判断に必要な客観的なデータが必要だ。