岩波徹の視点
工作機械業界の“回天時代”
自動車は 100 年に一度の変革期を迎えている、とよく言われる。日本の産業界に占める自動車産業の比重(日本全体の1割、製造業の全体の2割。米国では 0.7 %。)は突出しており、このことを知って“100 年に一度の変革期”などと言うと、他人事のような響きがある。自動車だけではない。工作機械を含めて 18 世紀にはじまった『産業革命』自体が大きな変化に直面している。『産業革命』は 19 世紀の後半に電気工業、化学産業などが始まる『第二次産業革命』、20 世紀の後半に通信技術、制御技術、新素材が話題になった『第三次産業革命』と続き、ドイツ発の『インダストリー4.0』を持って第4次産業革命とするのが一般的に言われている。しかし産業史を冷静に紐解いて見ると『コンピュータの登場』からすべてが始まっている。
人類が狩猟生活から『農業革命』を経て、定住生活を始めて、そこで家内制手工業をスタートさせた。蒸気機関などの人工動力を利用した『産業革命』となってからの数百年を4つに細分化しても話をややこしくするだけだ。「科学」で得られた知見を「技術」に落とし込んで「産業」はこれからも大きく姿を変えていくだろう。20 世紀の中盤にコンピュータが登場してからの社会は、この“人工頭脳”を駆使して絶え間なく進化している。この進化の方向を先回りする必要はないが、方向性だけは見定める必要がある。
もともとミサイルの軌道計算を高速処理するために誕生したコンピュータだったが、それに飛びついたのは人口統計を機械化して高速処理することを狙ったIBMなどだった。しかし大量のデータを適切に処理するプログラムがあれば人力をはるかに超える速度で処理して、その結果を半永久的に保存できるなど能力の高いコンピュータは、産業技術分野でも用途開発が急速に進んだ。機械の動きを制御するコントローラ、工場全体を管理するメインフレーム、大量のデータを送信する制御盤、自動車に搭載して運行を管理するCANバス、ビル全体を管理するLONWORKS、設計業務をサポートするCAD、材料加工をサポートするCAM、さらには実際に実行する前に試しに結果を出してみるシミュレータなど、人が実験や徹夜で行ってきたことをコンピュータが肩代わりするようになった。社会生活は、昔を思うと便利になった。電車の指定席を取ることは、1960 年代では朝から国鉄(現JR)の窓口に並ぶ大仕事だった。
ひとつのハイライトはインターネットの登場だ。とくにWindows95の登場は、それまで軽量の仕事を担当していたパソコンをビジネスシーンの主役に引き揚げた。このインターネットが登場したとき、従来の協賛展示会に置き換わるのか?と話題になった。懇意の企業に聞いたところ鋭い論理で切り返された。「展示会の主催者だといっても、あなたたちは機械を売っているわけではない。ただ場所を提供しているだけだ。マシニングセンタはどうやって売る?自動盤はどうやって売る?例えば旋盤などの引き物系は、その新機種で加工できる斬新なワークを見せて、この新製品なら何秒で加工できる、などとポイントをアピールする」と言われた。なるほど展示会をインターネットで置き換えるのは無理があると判った。しかしその後の新型コロナによるパンデミックが時代をまた一歩前に進めた。“ソーシャルディスタンス”が強調されたときに各社は、ホームページを見直し、ネットを利用したウェビナーで新製品・新技術の情報発信に力を注いでいる。
これに伴って最近は“展示会ビジネス”のあり方について重点的に取材してきた。企業が販売促進で組む予算の中で展示会が占める比率はかなり高い。某総合電機メーカの宣伝部長から見せていただいた同社の年間展示会予定表はA3判用紙にビッシリと書き込まれていた。横軸は時系列で左から右へ1月から 12 月まで1年分の時の流れで埋まっている。縦軸は多様な事業部に分割され、さらに各事業部の各部門に再分割されていた。そして開発中の製品名がプロットされ、その完成時期が明示され、そのタイミングにはその製品に最適な展示会が開催される流れになっていた。逆に新製品の完成時期は、その展示会をターゲットにしていた。全部門の新製品開発計画が一目でわかる“社外秘”だった。部外者の私がなぜ目にできたのはここでは述べない。
さて「ことラボSTI」では、最近の展示会取材で一つの疑問を提示している。展示会は主に新製品を想定客に見せるには一番効果的な手段だ、と思われていた。しかし取材を通じて判ってきたことは、出展コストに見合う効果測定はされていない、ということだ。「将来に対する投資と考えている」というのが無難な回答だと思う。しかしそのように割り切るには展示会への出展コストは、場合によっては高価過ぎる。工作機械の場合は、展示場までの運送費が高額だし会場の電気代も馬鹿にならない。設営のためのスタッフの旅費・宿泊費もかかる。小間全体の装飾費も高額で、SDGs時代に、会期終了後にすぐに解体されて廃棄される装飾に高額なコストをかけることは時代の要請に適わないのではないか、と考えだしている。
そんなバックグランドを持ちながら展示会に出展しても、出展企業の小間運営方針に明確なロジックを感じられる参加者には巡り会ったことがない。1996 年から 2000 年までホンダの工機部門のホンダエンジニアリング(EG、2020 年4月にホンダ本社に吸収された)が、JIMTOFに3回参加したが、2002 年のJIMTOF2002を前に日工会を脱会し今後JIMTOFには参加しない、と言い出した。不参加を決めた同社のリーダを取材した。そのとき「JIMTOFは何のためにやっているのか。いつ使うか判らない機能満載の機械ばかりで、自動車産業向けの機械は出ていない。コストの厳しい自動車作りでは使いもしない機能にはカネは払えない。少しでもコストダウンするためにEGは独自に設備を開発してきたが、これ以上はEG単独では無理だと思い、協力してくれる仲間に巡り会いたいとJIMTOFに参加したが、ここでは無理だと判った」と言ってJIMTOFから撤退した。しかもあの頃は、JIMTOFに行くなら休暇を取り交通費は自腹で行け。出張扱いはしない、とまで言われた。
さて私はイタリアの工業会UCIMUの招待でミラノの展示会を取材したが、その時に同行した自動車業界を中心としたエンジニア達がいた。彼らを伴って日本の展示会場にいくと、彼らの細かすぎる質問に回答できる出展者がいないことは体験済みだ。JIMTOFは出展者の最新製品をPRする場として企画されている。しかし来場者には工作機械のヘビーユーザは多いが、大企業のエンジニアは少ない。JIMTOFはなぜ“国内最強の工作機械展”なのだろうか?
主催者は日本工作機械工業会と東京都(東京ビッグサイト)だが、歴史的には東京都の持ちゲームだ。東京都の沿岸部の埋立地にある『東京ビッグサイト』で開催されているが、地盤が軟弱で大型の大型工作機械を高速で実演するには出展者が補強しなければならない(東と西ホールでは条件が異なると聞いている)。実は日本国内の展示会場は、世界基準からみると実に貧弱だ。その程度の設備しかない国なのに、「製造業立国」などと強がって力んでいる。
この表は先日の日工会記者会見で配布されたものだ。9月に開催されたEMO展のレポートに添付されていたものだ。この表で「展示場面積」がソウルのSIMTOSに次いで小さいのがJIMTOFだ。その展示面積が次回のJIMTOF2026では、さらに少なくなる。「出展機のレベルは高い」と強がる人もいるが、そこまでテンションを上げて取り組む意味があるのだろうか。先日開催されたDMG森精機のリモート記者会見で、EMO展について記者から問われた森雅彦社長は「EMOなどの展示会への参加は 2030 年までだと考えている。もちろん中国やインドなどエマージング(新市場)な市場の展示会には参加するが」と回答した。
工作機械の中には“家一軒建てることができる”価格のものもある。それでも“機械道楽”とも言われているオヤジさんたちが、製造業立国ニッポンを盛り上げてきた。ライバルとの競争に勝ち抜くためには、どうしても設備投資は避けられない、と考えている顧客の心理に付け込んで、先の見えない自動車産業の主体性のなさとそれに盲従する工作機械産業にしがみついては、日本の製造業は足元から崩れていくだろう。
「回天」とは、時勢を一変させること、衰えた勢いを盛り返すこと、をいう。自動車産業に育てられた工作機械産業は、あらたな道を目指すべき時が来たのだろう。