岩波徹の視点
機械との距離感
かつて日本人は「ゼロ戦」や「戦艦大和」を作り、戦後は「ウォークマン」や「CVCCエンジン」など、世界を驚かした工業製品を生み出した。それを根拠に多くの人が日本は「製造業立国」と思い、資源の無い国だから当然だ、と考える人が多い。しかし、私はときどき違和感を覚える。2019年12月に刊行された「日本の工作機械輸入の歴史」(発行・日本工作機械輸入協会)によると、1947年以降で記録に残っているだけでも161件の技術提携契約が欧米の諸企業と交わされていた。正式な契約を交わさなくても「参考にした」「モデルにした」「コピーした」と表現している事案を加えるとその数は数倍に上ると思われる。ときどき覚える違和感は、ここら辺から生まれてくる。この違和感を明確な形で教えてくれたのは一冊の本だ。「ベルリン飛行指令」(佐々木譲著)という小説だが実に面白く、皆さんにも読んで欲しい。
舞台は昭和15年の日本で、主人公の安藤啓一海軍大尉は父親が駐米武官だったときに米国の女性と結婚して生まれたハーフの海軍士官で、海軍の96式戦闘機で活躍していた。
一方その年は日独伊の三国同盟が結ばれた年だ。当時のドイツは欧州大陸から連合軍勢力を追い落とし、残った英国に空襲を続けていた。しかし、爆撃機を護衛するドイツの戦闘機「メッサーシュミット」の航続距離が短すぎて、英国上空で迎え撃つ「スピットファイア」と十分に戦えなかった。航続距離の長い戦闘機の開発を急いでいるが間に合わない。そんな昭和15年の9月に、日本軍の重慶爆撃に護衛で行った新鋭戦闘機「ゼロ戦」が、中国空軍を全滅させたという情報を、ヒットラー総統が聞きつけた。「三国同盟」の記念に、そのゼロ戦をドイツでライセンス生産すれば目下の問題、英国上空での爆撃機の援護問題は解決する。ヒットラーからゼロ戦2機をドイツに送れという希望が届き、ゼロ戦を運ぶ仕事ができて物語が始まる。
その安藤がベルリンに向かう直前に井上成美海軍中将・航空本部長に呼び出される。当時の海軍は「これからは飛行機だという航空機派」と「なんといっても戦艦だという戦艦派」に別れていて、井上提督は航空機派だった(史実)。ベルリンまでゼロ戦を運ぶ、という極秘任務に井上は意を強くして「これからは航空機だよな」と同意を求める。しかし安藤は「作った飛行機を誰が飛ばすのか」と問いかける。「そのために霞ヶ浦で訓練している」と井上提督。安藤は井上に「いいですか米国ではパイロットに志願する青年は100%、自動車の運転ができ内燃機関の知識を持っている」と諭す。井上も「いまだに島田鍬で芋を作っている国があの米国を相手にしようとしているのだ」と先行きを悲観する。以前、米国ではデパートの地下駐車場で工作機械を売っている、と聞いた。広大な農地を機械化して営農している米国では機械を知らないと仕事にならない。機械文明が身近にあるのだ。「製造業立国」だと力まなくても身の回りに“機械”が溢れている欧米社会の底力を忘れてはならない。
「ことラボSTI」で多くの読者に読まれている「技術者のバトン」に登場してくる多くの次世代経営者が、子供頃に工場(こうば)で遊んだ、と楽しそうに語っている。工場をスマートにするよりも、若い人と機械との距離感を縮める努力が先なのではないか、と最近強く思っている。